文理悠々特別編 街歩きの楽しみ

 ぶらぶら街歩きの楽しみが伝わるコラムを「文理悠々」のなかから選んだ特別編です。東京・下北沢から京都のジャズ喫茶まで、思い出と街の歴史が交わり、豊かな時間が生まれています。
    ◇
 「文理悠々」は月曜更新です。最新の「文理悠々 『東京』という名の不思議な駅」はこちら
    ◇
 おぜき・あきら 1977年に朝日新聞記者となり、83年からは科学記者。科学医療部長や論説副主幹などを務めて、いまは編集委員。2010年春までの2年間、本紙読書面の書評委員として科学本だけでなく文系本もとりあげた。

新・東京23区物語 (新潮文庫)

新・東京23区物語 (新潮文庫) 著者:泉 麻人 出版社:新潮社

散歩学を泉麻人流に究める

 秋ど真ん中は散歩に限る。歩くことよりも街の空気に触れることに意味がある。風のそよぎに誘われて空間軸を動き回りながら、街景の背後に隠れる時間軸に思いを馳せる。なにも、明治大正や江戸時代、戦国の世や縄文弥生のころにまでさかのぼる必要はない。

 ほんのちょっと昔。自分が生まれてまもなく、あるいは小中高校のころ、もしくは青春時代。折々の記憶として思い浮かぶ街と目の前に広がる街とを重ね合わせ、それを干渉させる楽しさは、なにものにも代え難い。

 今週は、そんな街歩きの醍醐味を指南してくれる一冊、『新・東京23区物語』(泉麻人著、新潮文庫、2001年)。えっ、また東京か、と言われそうだ。だが、ここにある23編の街歩きエッセイの視点は、全国どころか全世界のどこでも通用する。ニュートンは、リンゴの木の下で全宇宙に通じる物理学のひらめきを得た。今回は、東京ローカルの話題をたねに、普遍の散歩学のエッセンスを感じとっていただければ。(続きはこちら



  • ブックアサヒコム書店
  • アマゾン
  • 楽天
  • 紀伊国屋
  • TSUTAYA

朽葉色のショール (講談社文芸文庫)

朽葉色のショール (講談社文芸文庫) 著者:小堀 杏奴 出版社:講談社

杏奴さんが愛した小田急の町

 アンヌさん、その美しくもエキゾチックな響きは、幼かった僕の耳にも強く残っている。エッセイスト小堀杏奴。森鷗外の次女、洋画家小堀四郎の妻としても知られる。今週は、その随筆集『朽葉色のショール』(小堀杏奴著、講談社文芸文庫)を読んでみよう。

 こんな気持ちになったのは、このあいだの日曜日、東京都世田谷区の世田谷文学館(京王線芦花公園駅下車)で開かれている「父からの贈りもの――森鷗外と娘たち展」(2010年11月28日で終了)を見たからだ。区内では、ちょっと離れた砧公園にある世田谷美術館でも『小堀四郎と鷗外の娘 ひと筋の道』と題した展覧会が開催中(2011年1月10日で終了)だが、これも見応えがあった。

 どちらの展覧会も、小堀夫妻が世田谷区の梅丘に住み、アトリエを構えていたことにふれて、ふたりが世田谷に根づいた画家、文筆家であることを強調している。夫妻の足跡は、のどかな田園地帯がいつのまにか住宅街へ変わっていった東京郊外、私鉄沿線の戦前戦後史と見事に重なっているのである。(続きはこちら

  • ブックアサヒコム書店
  • アマゾン
  • 楽天
  • 紀伊国屋
  • TSUTAYA

デッドエンドの思い出 (文春文庫)

デッドエンドの思い出 (文春文庫) 著者:よしもと ばなな 出版社:文藝春秋

なので、ばななでハローアゲイン

 父リュウメイでグッバイしたあとは、娘ばななでハローアゲインといこう。アスパラクラブ「本読みナビ」に区切りをつけて、当コラムとしての最初の回は、よしもとばなな流に人と人のつながりを考えさせてくれる本から始める。

 1冊は『デッドエンドの思い出』(よしもとばなな著、文春文庫)という短編集。表題作について、著者はあとがきで「これまで書いた自分の作品の中で、いちばん好き」と打ち明け、「これが書けたので、小説家になってよかったと思いました」と言っている。もう1冊は『もしもし下北沢』(よしもとばなな著、幻冬舎文庫)。毎日新聞に連載され、2010年に単行本として出たものが今年8月、文庫本になった。

 著者納得の一品「デッドエンド……」は、主人公ミミが、遠距離恋愛の婚約者「高梨君」の連絡が間遠になったことで心変わりを心配して、彼の赴任先の町に出かけていくという話だ。「話がしたい」とメールを3回打ち、留守電に2回吹き込んだ。だが、返事はない。「なので私は念のため三泊分くらいの荷物を持って、高梨君の住む町へ旅立ったのだった」。この「なので」という接続詞に、僕はこの小説の現代性を強烈に感じる。(続きはこちら

  • ブックアサヒコム書店
  • アマゾン
  • 楽天
  • 紀伊国屋
  • TSUTAYA

郷愁の喫茶を訪ねて---東京ノスタルジック喫茶店2

郷愁の喫茶を訪ねて---東京ノスタルジック喫茶店2 著者:塩沢 槙 出版社:河出書房新社

益川さんにならって喫茶店万歳

 どんな本を読むか、それは偶然に左右される。そこに読書のだいご味がある、と言ってもよいだろう。

 この2月初め、ぼくは1年半あまり暮らした関西から、ふるさとの東京に移った。しばらくして大阪の職場で世話になったヨシミさんから1冊の本が届いた。「尾関さんの机のそばから出てきました」というのだ。去年春、読もうと思って置いていたのにいろいろと上に積んでいくうちに落っこちてしまった、 ということらしい。 

 まったく、ずさんとしか言いようがない。書物と著者に対して失礼きわまりない話なのだが、ぼくと しては、友だちになりたかったのに声をかけそこなった人物にまた出会えたようで妙にうれしかった。それが手にとって温かな本だったのだから、なおさらだ。『東京ノスタルジック喫茶店』(塩沢槙著、河出書房新社)である。

 懐かしさを感じさせる東京都内の喫茶店を、すでに店をたたんだものも含めて40軒ほど紹介しているのだが、ぼ くの目にまず止まったのは、下北沢のマサコだ。(続きはこちら

  • ブックアサヒコム書店
  • アマゾン
  • 楽天
  • 紀伊国屋
  • TSUTAYA

自然の家 (ちくま学芸文庫)

自然の家 (ちくま学芸文庫) 著者:フランク・ロイド ライト、Frank Lloyd Wright、富岡 義人 出版社:筑摩書房

フランク・ロイド・ライトが旬になった

 縦の本を横に寝かして見る。そんな写真が多い。今年1月に刊行された『自然の家』(フランク・ロイド・ライト著、富岡義人訳、ちくま学芸文庫)だ。

 旧帝国ホテルや自由学園明日館などの設計で、日本にもファンが多い米国の建築家ライト(1867~1959)の思想を文庫本で読めるというのはうれしい。

 ライトと言えば、大平原の家――プレイリーハウスだ。この本に紹介される家々も、総じて地平線に同化してしまうほど平べったい。ふんだんに写真や図面が載っているが、横写真を縦に置いたものが目立つのだ。

 思わず笑ってしまったのは154ページ、『アーキテクチュラル・フォーラム』誌の記事抜粋とともに載った「平均的アメリカ人のための家」の写真だ。玄関先に犬とも恐竜とも見える像が置かれているのだが、その動物までが身をこごめて平べったい匍匐(ほふく)の構えなのだ。(続きはこちら

  • ブックアサヒコム書店
  • アマゾン
  • 楽天
  • 紀伊国屋
  • TSUTAYA

湯川秀樹日記 昭和九年:中間子論への道 (朝日選書 836)

湯川秀樹日記 昭和九年:中間子論への道 (朝日選書 836) 著者:湯川 秀樹、小沼 通二 出版社:朝日新聞社

ノーベル賞生んだ「阪急」の空気

 日本列島がノーベル賞で盛り上がっているので、今週は、それに絡んだ話題。といっても科学がどうこうではなくて、街のことを語りたい。どこかの繁華街とかビル街とかいうのではない。電車の線路に沿って延びる街々の連なりのようなもの、あえていえば沿線文化の話である。

 で、まずは『湯川秀樹日記』(小沼通二編、朝日選書)。僕自身が深くかかわった本なので、こういう欄で扱うのは気がひけるのだが、ノーベル賞の週ということで許していただければと思う。

 日本で初めてノーベル賞を受けた物理学者湯川秀樹が、身辺の出来事を短く書きとめた個人日記。受賞研究である中間子論を学会で口頭発表した1934(昭和9)年と翌年初めのほぼ1年分を1冊にまとめたのが、この本である。当時、湯川は20代後半。大阪帝国大学の講師をしていた。

 科学史としてみれば、発表の1カ月ほど前、10月9日の頁に“γ’ray”(ガンマプライムレイ、日本流に言えばガンマダッシュレイ=ガンマ線に準ずるという意味か)という謎めいた言葉が突然現れ、12日までの4日間、それについて集中して考えたり話し合ったりしていたことがわかるのが、最大の読みどころだ。(続きはこちら

  • ブックアサヒコム書店
  • アマゾン
  • 楽天
  • 紀伊国屋
  • TSUTAYA

ページトップへ戻る