獏さんのまんが噺 特別編

 獏さんの小説「陰陽師」25周年を記念した岡野玲子さんとの対談が、11月9日、東京・八重洲の八重洲ブックセンターで開かれました。「陰陽師」シリーズの最新刊『陰陽師 酔月ノ巻』(文芸春秋)と岡野さんのマンガ『陰陽師 玉手匣』第2巻も刊行され、より深く、より広く「陰陽師」の世界は進み続けています。豊かな世界観を示し、「陰陽師」ブームの原動力となった2人が、あうんの呼吸で創作の秘密を語ります。

岡野玲子さんにショコラコスモスの花束をプレゼントされた夢枕獏さん(右)。「ほんとにチョコレートの匂いがするね」

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  ゆめまくら・ばく 1951年、神奈川県小田原市生まれ。キマイラやサイコダイバーなど多くの人気シリーズを持ち、『陰陽師』『餓狼伝』など自作が元になったマンガや映画も数多い。『上弦の月を喰べる獅子』で日本SF大賞、『神々の山嶺』で柴田錬三郎賞を受賞。昨夏刊行の『大江戸釣客伝』は泉鏡花文学賞、舟橋聖一文学賞、吉川英治文学賞をトリプル受賞した。新刊に『宿神』がある。
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 過去の主な連載はこちら。第2回(『ポーの一族』『日出処の天子』第3回(『陰陽師』)第5回(『ガラスの仮面』)

陰陽師―酔月ノ巻

陰陽師―酔月ノ巻 著者:夢枕 獏 出版社:文藝春秋

小説「陰陽師」は25周年

 (岡)陰陽師25周年記念、おめでとうございます。これはショコラコスモスの花束で、チョコレートの匂いがするんですって。
 (獏)あ~、オレもここであげればよかったんだ。実はさっき、控室でぼくも岡野さんにプレゼントあげたんですよ。
 (岡)朗読のCDをいただきました。
 (獏)ほらね、もらうだけじゃないんですから。こうやって会うのは久しぶりなんですが、岡野さんだんだん透明になってませんか?
 (岡)そんなことないですよ。会うのは『玉手匣』を描くと決めるとき以来ですね。
 (獏)マンガの『陰陽師』の連載が終了して時間がたったから、そろそろ読みたかったんですよ。それで、もうやらないだろうなあと思いながら聞いてみたんです、また「陰陽師」やってくれませんかって。そうしたら思いがけず引き受けてくれて、良かったなあ。連載誌「メロディ」は隔月刊なんだよね。『メロディ』を毎月だせば毎月描くんじゃないのって担当の人には言ったんだけど。
 (岡)もう全然だめなの。あのスピードが限界。前の『陰陽師』のときに毎月描いていたのが、不思議ですよ。どうしてあんなに描けたんだろうって。
 (獏)オレもね、筆が遅くなったので半分にしてくださいと言ってみたいなあ。
 (岡)獏さんはとっても書くのが早いんです。
 (獏)うーん、申し訳ないくらいに早いね。ただ書き始めるまで時間がかかる。ほんとは今日もここに来るのに「陰陽師」の短編を終わらせてここに来ますって言っていたんですけど、終わらないまま来ちゃいました。
 (岡)えっ、そうなんですか?
 (獏)大丈夫、早いので(笑い)。明日の朝ごろまでになんとかなるだろうと。

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陰陽師玉手匣 2 (ジェッツコミックス)

陰陽師玉手匣 2 (ジェッツコミックス) 著者:岡野 玲子 出版社:白泉社

指の先からにょろにょろ出る喜び

 (岡)以前、どこだっけ、厳島に行ったときに、ホテルのロビーではっと気がついたら、獏さんがロビーのソファに馬乗りになって原稿書いているんです。
 (獏)まさか、馬乗りじゃないよ。
 (岡)馬乗りでしたよ。
 (獏)玉三郎さんの踊りを見に行ったときだよね。そういえば、そのときホテルがひどくてFAXを送るのに1枚400円取るっていうんだよ。1枚なら分かるよ、取りに来てもらう手間とかがあるから。でも数十枚なんだから、手間があったとしても最初のダイヤルボタンを押すだけのことだけでしょ。オレもびっくりして「そんなに取るんですか?」って聞いたら、「規則ですから」と言うんだよ。30分ぐらい言い合ったけど、まあいっかと。
 (岡)えっ、じゃあそれ取られちゃったの?
 (獏)だってほかにFAXが近くにないんだもん。しょうがなくそのホテルから全部送りましたよ。5、60枚送ったのかねえ。ほんとは出版社に払ってよって言いたいぐらいなんだけど、それはみっともないので…。おとなしく払ったんです。
 (岡)獏さんは、今も手書きなんですよね。私はワープロを使えるようになりましたよ。あっ、ワープロもうないんですよね、ワードです。
 (獏)ちゃんと扱えるようになったんですか、文明の利器を。
 (岡)あとがきとかを書くときは使えるようになったんです。作品をCGって言うんですか、コンピューターを使って描いているって思われるんですけど、今も全部手で描いて、貼ってます。使うのはコピー機と筆と鉛筆と消しゴム。それで切り貼りなんです。
 (獏)オレもね、パソコンはいじるんですよ。メールも、指一本の入力ですけど、ちゃんとやりとりしてますよ。でも原稿だけは手書きなんだよ。
 (岡)わりと手におりるんですよね。
 (獏)好きなんだね。なんかインクが自分の指の先からにょろにょろ出て字ができているのを見ているのが。パソコンで打っちゃうと、その一番楽しいところが消えてしまうようでいやなんだなあ。まあ、ほんとは機械が苦手なんだけど、そういうことにしておくと格好いいかなあと。
 (岡)同じかも。それに、今はペンより筆の方が面白い。硯で墨を擦っているのが面白くって。
 (獏)特別な墨を使っているの?
 (岡)自分のためにつくった墨というのを持っていらっしゃる方から、何本かいただいて。

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陰陽師玉手匣 1 (ジェッツコミックス)

陰陽師玉手匣 1 (ジェッツコミックス) 著者:岡野 玲子 出版社:白泉社

コピー機の裏技も駆使

 (獏)墨ってやたら高いのがあるでしょ、ひとつ100万円とか。古いもので、色に青みがあるとか。前に教えてもらったときは、にじんでいくときの粒子がいいって言うんだけど。
 (岡)私の墨もけっこうきれいですよ、にじみが。それに硯がよくって、それで擦って原稿に書くと銀光りするの。ほかの硯ですると全然違う。
 (獏)それは本になってもわかる?
 (岡)全然わかんなくなっちゃう。ほんとに申し訳ないですけど、印刷するとそれが出なくって。
 (獏)オレね、前のときの最終回に近いころの生原稿見たけど、気が遠くなるような緻密さだよね。
 (岡)トーンで遠近を出すのに、何枚もトーンを重ねて、さらにコピーを重ねることでラインをぼかすんです。私はわざと3回も4回もコピーを重ねて画面をちょっとあれた感じにするんです。それでちょっとモアレとかを起こしたものにして、使うんですよ。
 (獏)オリジナルのトーンを作ったりしてたでしょ。
 (岡)ええ。それにコピー機も調整する技師さんしか知らない秘密の方法を教えてもらって、濃度を変えるんです。
 (獏)できるの、そんなの?
 (岡)私が使っているのは、特別なボタンを押すと濃度がマイナス200いくつから、プラス200いくつまで幅が出てくるんです。
 (獏)ほぼ無限のグラデーションだよね。白と黒を分ける。
 (岡)そうすると普通に使っている場合の一番薄いところから濃いところ以上の幅が出せる。
 (獏)オタクだなあ。普通、締め切り迫ると、これやっているとちょっとって思って、3回やるところの作業を2回にするとかしないの?

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陰陽師 (1) (Jets comics)

陰陽師 (1) (Jets comics) 著者:岡野 玲子 出版社:白泉社

作品の質は登場人物が決める

 (岡)できないんですよ。ほんとに。原稿を渡す直前にトーンのなかに糸くずが入っているのに気づいたときは時間がないからあきらめて、単行本のときに取り出そうと。
 (獏)最初に気がついたら取るでしょ。
 (岡)はい。
 (獏)たぶん原稿を渡すときはぎりぎりだから、編集者を泣かせるわけにはいかないという思いやりが…。
 (岡)ないかも。
 (獏)はっはっは。前からなかったよね。
 (岡)原稿を渡すのは、原稿をおつとめに出す感じなんです。がんばって働いてこいよって。だからそれにケガレがあってはいけないなと思って、できるかぎりきれいにしていないと。
 (獏)オレの場合はどんなに字が汚くても、読者が読むときは活字になっている。でも、岡野さんは渡した原稿がそのまま印刷されるので大変だよね。自分の中で一度クオリティーを設定しちゃったら、それを守らなきゃならないから。
 (岡)私がクオリティーを決めるんじゃなくて、原稿が決める……。いやでしょ。
 (獏)ある。ある。自分が書いたものが決めていくのってあるよね。
 (岡)晴明さんとか真葛さんとか……。まあ、博雅さんは割とやさしいですけど、匏(ひさご)さんとか暗闇丸さんとかは厳しいですよね。
 (獏)一度何かのきっかけでハードルより上のことをやっちゃうと、途中でレベルを落とせないよね。原稿を書いていて、やけにいい文章を書いちゃうことがあるんだけど、そのレベルから後半はもっと上げていかなきゃならない。原稿にやけに時間がかかるときって、そういうケースがあるよね。
 (岡)だから、獏さんに「また陰陽師描いてね」って言われたとき、本当に困った。前に描いたものより先にいかなきゃならないから。

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陰陽師 (2) (Jets comics)

陰陽師 (2) (Jets comics) 著者:岡野 玲子 出版社:白泉社

だんだん透明になってきた

 (獏)さっき、ちょっと言いかけたんだけど、だんだん透明になってきたよね、岡野さん本人も晴明も。なんだか一つひとつが詩のような感じになってきたよ。オレとしては、『玉手匣』に出てきた暗闇丸が大好きなんだよね。
 (岡)良かった。
 (獏)あの話は岡野さんにだいぶ前に聞いたんですよ。「今昔物語」のなかに変な女の賊がいて、SMみたいに男の人をむちで叩いてと。あわてて読んだら、いいんだよこの話が。オレも書こうかなと思っているうちに、機会を失って、今度岡野さんが描いてくれた。
 (岡)『陰陽師』の3巻ぐらいのときに獏さんにぜひ書いてとお願いしたんですよ。
 (獏)オレ、いろいろ教わったよね。
 (岡)えっ。
 (獏)小説書いているときに、分からないことを調べるより岡野さんに聞いた方が早いときあるんだよ。
 (岡)びっくりしたー。あの、むち打ちを教わったとか言うのかと思った。
 (獏)いや、オレはそういう方面は大丈夫ですから。ふふふ。あとはね、オレは小説なので単語がわかれば書けるんだよ。たとえば博雅は黒袍(くろのほう)を着ていたと。岡野さんはその黒袍を書かなきゃいけない。ふつうはお茶を濁すところを濁さない人だから、大変なのよ。神社仏閣の屋根の上はみんな描ける。資料があるからね。でも屋根の下がどうなっているかは分からない。岡野さんはそこを丁寧に描くんだよね。
 (岡)私じゃなくて、スタッフが泣きながら描きます。
 (獏)でもすごいよね。そういうところが。
 (岡)京都に取材に行って、見ると美しいんですよね、応天門とか。あの、下側から見る赤い朱色の屋根の下側が色っぽいんですよね。それを描きたいなあと思って。
 (獏)ここを描けって言うだけなの?
 (岡)いえ。最初はラインが引けてればいいって思ってたんですけど、もうだんだん回を重ねるうちに、建物がこころをもっているように、物質として建っているのではなくて、内側から光っている有機体のように描いてねって言うの。
 (獏)おおっ。オレが言おうと思ったのは、岡野さんのことだから、ここには陰があって、ここからいろんなものが出てきそうな闇にしてね、とか頼んでそうだなあと。そういう指示出しって、伝わらないこともあるでしょ? 描いてからこれは違うとダメだしするの?

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陰陽師 (3) (Jets comics)

陰陽師 (3) (Jets comics) 著者:岡野 玲子 出版社:白泉社

暗闇丸は東北の男たち

 (岡)描く前にすごく綿密に打ち合わせをして、線一本引くたびに確認して…。
 (獏)オレには、岡野さんのアシスタントはつとまりません。
 (岡)ただいま募集していますので。
 (獏)ほんとに来ちゃうよ。
 (岡)でもね、描き出すとやっぱり原稿とそれぞれの人が対話をする感じになる。あるところでスタッフにスイッチがはいっちゃうと、なにをか言わなくても、ここで光らせるとか見えてきちゃう。わかっちゃんだよね。
 (獏)そこまで教育が行き届いて…。
 (岡)いくんですよ。いくまでが大変なんですけど。ほんとにスイッチはいっちゃうと誰でもそこまでいける。アクセスする場所が決まるといけるってかんじで。
 (獏)オレは暗闇丸のこともっと描いてっておもっているんだけど、今のスタイルでいくと、どのあたりで出てくるの? もう一回、暗闇丸のりりしくて、悲しい姿を見たいなあ。博雅とか晴明ができないところを補ってくれて、好きなときは「好きだ」って全身で言う男。博雅だとつい笛を吹いちゃうところを彼は全力で走っていくわけでしょ、それがいいよね。あれでオレはしびれましたよ。
 (岡)わあ、やったあ。じつはあれを描いているときは、震災後で、暗闇丸って東北の男の人たちの姿なんです。ものすごい勢いで彼らはがれきを片付けていた。私にも35、6歳の知り合いがいたんですが、彼らは毎日、毎日がれきを片付け、亡くなった方たちをお渡ししていて……。その現場にいない都会の人たちは「そんなにがんばらないで」って言うんですけど、私は「がんばらないで」って言えなかった。彼らは、やらなきゃいけないから走り続けている。やめるときは現場にいるものだけがお互いに、ここでやめようなって言えるまで走り続けると思って・・・。言葉は無いんだけれど、その気持ちが東北の方から伝わって来て、走り続ける暗闇丸を描いたんです。
 (獏)いいところで晴明が出てくるんだよね。オレはいま、一ファンになってますので、どうなるのか気になって、気になって。
 (岡)大丈夫、出てきますよ。発売中の「メロディ」の最後にも暗闇丸が出てきましたから。

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画集 陰陽師

画集 陰陽師 著者:岡野 玲子、夢枕 獏 出版社:白泉社

篳篥の音を守るために

 (岡)わたし、獏さんにお願いしたいことがあって、お手紙を書いてきたんです。『玉手匣』の2巻のあとがきにも書いたんですが、篳篥(ひちりき)のリードにあたる「蘆舌(ろぜつ)」が作れなくなってしまうかもしれないんです。「蘆舌」を作るのに太さも弾力性も一番適した蘆は、大阪府高槻市の淀川河川敷に「鵜殿ヨシ原」と呼ばれる地帯に生えているものなのですが、そこに高速道路が通ることになってしまったんです。大阪楽所の中川英男先生が中心となって鵜殿の保全のための「SAVE THE 鵜殿ヨシ原」という活動が始まっています。
 私も知ってしまった以上、見過ごせなくて、鵜殿の存在を広める活動をお手伝いしているんですけど、獏さん、その活動の呼びかけ人になってくれませんか?
(獏)いいですよ。微力ながら。でも、これだったのね、お願いって。控室で岡野さんからの手紙があるっていうから、オレ、ドキドキしてたのに…。

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