文理悠々特別編 戦後青春ヒストリー

 サクラが日本列島を駆け抜け、それを追いかけるように若者たちが一歩踏みだす季節――出発のとき。「文理悠々」がこれまでにとりあげた本のなかから、戦後の青春史をたどる7冊をここに蔵出しする。

 こんな気分になったのも、3月に当コラムで紹介した『移行期的混乱――経済成長神話の終わり』(平川克美著、ちくま文庫)『ラジオのこちら側で』(ピーター・バラカン著、岩波新書)の2冊に強く刺激されたからだ。一方は同時代史、もう一方はメディア談議と、話の中身は異なるが、どちらも背景に著者自身の青春がある。そしてそれが、2010年代の今へのメッセージとなっているのである。

 それぞれの時代のそれぞれの青春をもう一度見つめ直すことは、ただ郷愁を呼び起こすための営みではない。シニア世代にとっては、自分たちがやり残したことに気づく契機である。若い世代にとっては、教科書にも載っていない近過去の歴史から近未来のデザインの糧を得る機会でもある。

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 おぜき・あきら 1977年に朝日新聞記者となり、83年からは科学記者。科学医療部長や論説副主幹、本紙書評委員などを務めた。

新装版 されどわれらが日々 (文春文庫)

新装版 されどわれらが日々 (文春文庫) 著者:柴田 翔 出版社:文藝春秋

60年安保前夜の青春群像

 さて、いかにも蔵出し本という感じがするのは、もはや青春小説の古典となった『されど われらが日々――』(柴田翔著、文春文庫、2012年4月6日付「出発の春――されど『かれら』が日々」)。60年安保に向かう時代、性の解放には旧体制の規範が立ちはだかり、政治闘争では前衛党が革命を牽引するという神話があったころの青春群像が見えてくる。

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平凡パンチの三島由紀夫 (新潮文庫)

平凡パンチの三島由紀夫 (新潮文庫) 著者:椎根 和 出版社:新潮社

全共闘とサブカルチャー

 それから10年、70年安保を頂点に盛りあがった若者たちの反抗を多面的に見せてくれるのが『平凡パンチの三島由紀夫』(椎根和著、新潮文庫、2012年2月17日付「ミシマ、平凡パンチ&1960年代」)。そこにいたのは全共闘青年だけではなかった。軟派系も芸術系もいた。著者は「平凡パンチ」編集部にいたころ、三島由紀夫に警察道場で剣道の稽古をつけてもらう。「三島のたったひとりの弟子は、ビートルズ風長髪のたよりない、文学の話をいっさいしない二十七歳の編集者」だった。

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赤頭巾ちゃん気をつけて (新潮文庫)

赤頭巾ちゃん気をつけて (新潮文庫) 著者:庄司 薫 出版社:新潮社

40年を経て問いかけてくるもの

 反抗の嵐の陰で、ひっそり感性を研ぎ澄ます若者がいたことをみずみずしい文体で綴ったのが『赤頭巾ちゃん気をつけて』(庄司薫著、新潮文庫、2012年6月15日付「赤頭巾ちゃん、お久しぶり」)。町でヘルメット姿の学生を見たときに主人公の胸に浮かぶ思いは、40余年を経て今のシニア世代に問いかけてくる。「彼らは、その決断と行動をたんに若気の至りや青春の熱い血の騒ぎや欲求不満の代償として見殺しにすることなく、つまりは一生挫折したり転向したりすることなく背負い続けていけるのだろうか」

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ニュークリア・エイジ (文春文庫)

ニュークリア・エイジ (文春文庫) 著者:ティム オブライエン、Tim O'Brien、村上 春樹 出版社:文藝春秋

米国の戦後世代の実感

 海を隔てた米国で戦後世代の青春はどうだったのか。それがほの見えてくるのが『ニュークリア・エイジ』(ティム・オブライエン著、村上春樹訳、文春文庫、2012年8月3日付「村上春樹の訳で読む『核の時代』」)だ。ベトナム戦争さなかの1966年、州立大学3年生の主人公は昼休み、カフェテリアの前で「爆弾は実在する」と大書した紙を掲げる。孤独感もあった。恥ずかしくもあった。だが、「誇りのほうがずっと大きかった」。

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私小説―from left to right (ちくま文庫)

私小説―from left to right (ちくま文庫) 著者:水村 美苗 出版社:筑摩書房

日米の座標のズレ描く

 日米の座標のズレを、「女子」の目であぶり出した本もある。『私小説 from left to right』(水村美苗著、ちくま文庫、2013年2月25日付「ガールズトークが照らす戦後日本人」)。主人公の美苗と姉の奈苗は10代だった高度成長期、父の転勤で渡米し、そのまま米国に居ついた。姉妹のとりとめもない会話が紡ぎだすのは、駐米企業戦士の後方で闘っていた「お嬢さん」たちの姿だ。多くの日本人がグローバル化の大波にのまれるよりはるか前に、彼女たちは世界の風を真正面から受けていた。

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もしもし下北沢 (幻冬舎文庫)

もしもし下北沢 (幻冬舎文庫) 著者:よしもと ばなな 出版社:幻冬舎

低成長時代の青春は

 さて、そしてぐっと下って2000年代の青春――。『もしもし下北沢』(よしもとばなな著、幻冬舎文庫、2012年9月24日付「なので、ばななでハローアゲイン」)は、主人公のよっちゃんが、不倫の果てに死んだ父親の実像を求めながら恋を重ねるという、暗いといえば暗い話。だが、それを打ち消すように明るい情感が漂うのは、一にも二にも町の支えがあるからだ。彼女が働き、暮らすのは東京西部の下北沢。そこには、昔ながらの商店街に「なんとなく長くここにいる」という感じの人が寄り添って生きている。ちなみに下北沢はこの3月、小田急線の駅が地下に潜った。あの町は再開発でどうなるのだろう。若者たちの青春をこれからも温かく包んでくれるのだろうか。

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したくないことはしない

したくないことはしない 著者:津野 海太郎 出版社:新潮社

粋にひそむ不屈の精神に学ぶ

 最後の1冊は、このコラムの第1回で紹介した『したくないことはしない――植草甚一の青春』(津野海太郎著、新潮社、2010年4月1日付「植草甚一の話から始めてみよう」)。東京住まいの植草は戦時中も古書店を漁り、洋書などを買い込んだが、空襲で繰り返し家を焼かれた。ところが、1945年5月に蔵書を焼失しても翌6月には「いったん中絶した読書リストが番号を①にもどして再開される」ということがあったらしい。そこには、戦争とは別のところで闘った不屈の精神がある。ミステリーが好き、ジャズが好き、散歩が好きで生涯を通した粋人も、実は根っこで強かった。

 自分と向き合い、政治と向き合い、性と向き合ってきた青春。それは、時代を経るごとに優しさの度合いを強めてきたように僕には思える。さて、その優しさを支えるしたたかさも育まれているのかどうか。それが、ちょっと気になる。

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