学術界に貢献を 紀伊國屋書店新宿本店人文書売場

2017年04月06日

大矢靖之さん

■瞬発力で店頭を作る

 「本の購買意欲が最も高まるのは、その存在を知った瞬間だと思うんです」。新聞やテレビで紹介されたら極端な話、1秒後には店頭に並べたい。それくらいの心づもりでいると、この3月、紀伊國屋書店新宿本店3階人文フロアに着任した大矢靖之さんは話す。
 大矢さんは、前職の仕入課では辣腕バイヤーとして、また、「週刊ダイヤモンド」書評欄「目利きのお気に入り」の執筆陣の一人としても知られる。毎朝、目を通す紙面はスポーツ紙を含め8紙。夕刊の文化面やウェブの露出にも目を配る。
 最近の例では、朝日新聞夕刊(東京本社版、3月22日付)に社会学者・見田宗介さんが掲載されると、即座に著書『まなざしの地獄 尽きなく生きることの社会学』(河出書房新社)に動きが出たそうだ。急ぎ出版社に連絡、このとき仕入れた半数以上を1週間で消化した。
アンテナの張り方、対処の瞬発性は、仕入課時代に培ったものだろう。部署が移り、実店舗の1フロアを統括することになった今、その経験をどう活かすか。
 「売場に関しては、棚担当者の意欲や素養が色濃く反映されてこそ、お客様の共感や信頼が高まるものだと思っています。それを阻害したくない」。棚担当者がその分野の第一人者であるべき。だから基本的に口出しをしないが、拾い切れない情報もあるだろう。それをいち早く伝えて支援するのが、これからの仕事だと考える。
 また、知り得た情報はフロアにとどめず社内全体で共有するほか、出版社や他の書店にも提供、働きかけていくという。「全国のどこかで売れれば、めぐりめぐって新宿本店でも必ず売れる。そうやって書店業界全体の底上げをすることも仕事かなと」

■ビジネス書ユーザーに人文書をおすすめ

 同店3階は、哲学・歴史・宗教といった、いわゆる人文分野のみならず、経営・ビジネスなど、社会分野ジャンルも同じフロアで扱っている。そこに一つの課題を見出したい、と語る。例えば3~4月の学参期と呼ばれる時期には、『入社1年目の教科書』(岩瀬大輔著・ダイヤモンド社)などの定番書を求めて来店者が急増する。しかし、こうしたビジネス書の購買層は、よほどの関心がなければ人文コーナーに目を向けないという。
 大矢さんには、出身が人文科学研究科(哲学専攻)という強みがある。人文系の新書や文庫本の中から、すきま時間に読めそうな良書を見出し、レジ脇エンド台や平台で積極的に提示。レジ待ちや店内回遊の際の「ついで買い」を促す。ビジネス書ユーザーの人文分野への取り込みを図る方針だ。

■「本がそこにあること」目指す

 その一方で、従来のコアな顧客である学術研究者の満足度を高める企画にも力を入れていく。着任直後に担当したフェアでは、学生時代に師事した哲学者・杉山直樹さんの新刊『十九世紀フランス哲学』(フェリックス・ラヴェッソン著・村松正隆共訳・知泉書館)を取り上げた。販促用小冊子「じんぶんや」には、同書を含む関連文献40数冊の選書と解説を恩師に依頼。中には出版社の倉庫に眠る希少本もあり、それを頼み込んで取り寄せた。「仕入れたからには実売につなげる。動きが鈍ければSNSも駆使する。でも、それ以上に“本がそこにある”ことが重要ではないでしょうか」。
 「どんな本でも文脈を与え直すと、店頭フェアや新聞記事のような形で再び日が当たる」と、大矢さん。実際に、話題が話題を呼んで、あたかも掛け算のような効果が生じ、売上に繋がることもあるそうだ。読者票を募る「じんぶん大賞」もそのひとつ。2017年度大賞『戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗』(加藤陽子著・朝日出版社)以下30選が、店頭のみならず紀伊國屋書店全体の売上につながった。
 これらあの手この手の仕掛けを大矢さんは、「書店員が出版界および学術界に対してできる、草の根レベルの貢献」と謙遜する。しかし、そこには国内最大の売上げと知命度を誇る、トップブランドとしての矜持があった。(安里麻理子)

■大矢さんおすすめの2冊

 大矢さんにおすすめの本を聞いた。

 『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』(上間陽子著・太田出版・1836円)
 「琉球大学教育学部教授である著者が、夜の街に飛び込まざるを得なかった少女たちと、背景にある社会構造を示唆した、ひとつの研究成果であり、ノンフィクションとしてもルポとしても読める。上間さんの提言は「あらゆる暴力からの積極的な逃走」だと私は受け取ったが、これは沖縄の女性に限らず誰もが行いうる、暴力への最大の抵抗手段ではないか」

 『貧困と地域 あいりん地区から見る高齢化と孤立死』(白波瀬達也著・中公新書・864円)
 「大阪市西成区の歴史と、貧困、高齢化、社会的孤立といった課題への取り組みをさらう。汲み取るべきは、西成区で生じていた課題は現代日本が抱える問題の先取なのだ、という問題提起。読者によって様々な読み方が可能だが、私個人は、自分たちとおそらくは隣り合わせにあるような相対的貧困について再考する契機となった。
 この2冊はどちらも人文というくくりに収め切れない本である。しかし、ジャンルを超えて様々な角度から読み込める書としてあげさせていただいた」
(4月6日一部修正)

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