どうする? 本の引っ越し 三省堂書店有楽町店

2017年07月27日

牧野さんの実家の自室

牧野さんの実家の自室

■三省堂書店有楽町店店長 牧野優さん

 突然ですが、「本は凶器である」と最近思いました。正確には、「“大量の本”は凶器である」と言うべきか…
 またまた個人的な話で恐縮ですが、先日、実家の片付けのために里帰りしました。普段は数年に一度のペースでしか帰省しないのですが、今は物置きとして使っている以前住んでいた実家を引き払うことになり、モノを片付けないといけなくなったのです。
 何十年も人が住んでいたので色々なものが大量にあったのですが、中でも多いのが「本」なのでした。自分の親がかなり本を買っていたのと、今は別々のところで暮らしている親の兄弟もそれぞれかなりの読書家だったということ、加えて(これが大きいのですが…)自分の本が本棚十数本分あり、家全体が書庫になっていたのです。写真は初公開の実家の自分の部屋の一部。
 本たちの移動先はあるのですがとても全ては入りきらないので、大部分は処分しなければという話になり、自分が帰省する前に親の本は古書店に頼んで引き取ってもらっていました。人気のある作家の全集や豪華な画集と比較的新しい本は買い取ってもらえたそうですが、トラック3台分で「まあ、これだけか…」という金額だったみたいです。それでも引き取ってもらえて、新しい持ち主のところに行く可能性が出来た本はラッキーな方で、タダでも引き取ってもらえなかった本はゴミとして捨てるしかなくなってしまいます。
 本棚に入っているとカッコイイ全集も、実際は重くて読み難いし、昔の本だと文字も小さくて今の本ほどスラスラ読めないし、そもそも都会のマンション暮らしでは置く場所も無く、古書店でも売れる見込みが無ければ引き取れないのは当然です。

■記憶を含めて保存したい

そして自分の本ですが、フィクションは以前にこのコラムで書いた冒険小説やミステリー・SFが多く、現在では入手出来ないものが多く含まれています。持っていて再度読むのか?と言われると恐らく読むことは無いのですが、手放すのは躊躇します。
 老後に読むかもしれないしとか、人に貸すかもしれないしとか、もしかして将来お金に困ったときにプレミア価格で高く売れるかもとかあれこれ理屈は考えるのですが、恐らく昔読んですごく面白かった記憶も含めて保存しておきたいのだと思います。
 数年前の「断捨離」ブームの時に、「本」は持っていてもしょうがないものの筆頭みたいに書いてある本もあり、どんどん処分することが推奨されていましたが、自分は「本」を役に立つか立たないかみたいな物差しで見ることには違和感を覚えたのを思い出しました。そんなこと言ったら、ほとんどの本は何の役にも立たないですからね。特に自分の蔵書に関しては。
 あと、実は自分の持っている本のうちフィクションは2~3割程度しかなく、大半はノンフィクションなのです。飛行機や船が子供の頃から好きで、そういったものに関する本が大半です。これらに関しては、資料として持っているため、最初から1回読んだり見たりして終わりのつもりではないのです。中学生の頃から買っている雑誌もいくつかありますが、これも今のところ手放すつもりはありません。

■段ボール数百箱を運ぶ

 そうこうしているうちに、自分の本は大半が移動先に入ってしまったので、それ程処分せずに引っ越しただけで済みました。ただ、この引っ越しが非常に大変で、親や親戚や総出で超絶重い段ボールを何百箱も運んだのでした。自分は毎日やっているので、慣れていますが…。
 今回は一旦収拾が付きましたが、もし自分が急に死んだらとか考えると、これは残された人にとっては凶器でしかないなとも思うのです。ただ、当店で沢山買ってくれるお客様に、「あまり沢山買っていると、将来大変ですよ」とも言う訳にもいかず、いかに沢山買ってもらうかを日々苦心している自分はもしかして悪いことをしているのかも、なんて考えてしまったりもするのです。
 ちなみに、数年毎に異動もあり賃貸暮らしの今は、大きな本棚1本に収まる分以上には増えていかないように頑張ってコントロールしています。生活に支障が出ないように蔵書と付き合っていかなければいけないのは、本好きの性でしょうか。
 もっと年を取ったときに、自分の本の処分を考えないといけないときが来るのかなということを想像すると、柄にも無く、何となく切なくなってしまう今日この頃なのでした。
       

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