10年越しの書籍化――『アキラとあきら』池井戸潤さんに聞く(前編)

2017年06月26日

池井戸潤さん=首藤幹夫撮影

 人気作家・池井戸潤さんの最新作『アキラとあきら』は、「半沢直樹」「花咲舞が黙ってない」など人気ドラマにもなった作品と同じく、銀行が舞台の小説だ。しかし、銀行で働く2人の主人公の「青春」や「宿命」を丁寧に描いている点で、異色の作品とも言える。この小説の構想やエピソード、意外な実話、小説を書く際のこだわりまでを、池井戸さんに聞いた。(後編は28日掲載 後編はこちら

【『アキラとあきら』あらすじ】
 町工場を営む両親の元に生まれ、工場倒産などつらい少年時代を過ごした山崎瑛(やまざき・あきら)。大手海運会社の御曹司として幼いころから将来を嘱望されながら、その宿命に抗おうとする階堂彬(かいどう・あきら)。対照的な生い立ちながら奇しくも同じ名前の2人は、それぞれの思いを抱き、バブル経済のまっただ中の銀行に就職する。互いを認めながらバンカーとしての才能を開花させた瑛と彬は、ともに大きな試練に立ち向かう。

■「ケインとアベル」の池井戸版

――新作『アキラとあきら』はどのように生まれたのですか? 雑誌連載から10年以上経って書籍化した理由は?
 対照的な生い立ちの2人の運命が交錯していく、というアイデアを編集者に伝えたときに「『ケインとアベル』の池井戸版を作りましょう」と提案されて。それはおもしろいな、と。『アキラとあきら』というタイトルも編集者のアイデアです。
 連載小説として書き始めたときは、実は銀行モノはこれで最後にするつもりでした。当時僕は「銀行ミステリーの書き手」と言われていたのですが、少し嫌気もさしてきていて。主人公の銀行員を子ども時代からどっぷりディープに書いて、それで終わりにしようと思ったのです。
 ところが連載が終わってみたら、作品としてどうにも気に入らない。そうこうしているうちに「半沢直樹」や「花咲舞が黙ってない」といった銀行を舞台にした作品が次々とドラマ化され、「銀行モノは書かない」とは言えなくなってしまった。さらに、最後のつもりで書いた『アキラとあきら』は本として出しにくくなっちゃった(笑)。結局、お蔵入りしたまま10年余りが過ぎてしまったんです。

――WOWOWでのドラマ制作がきっかけで書籍化されることになったとか?
 WOWOWのオリジナルドラマ「下町ロケット」や「空飛ぶタイヤ」の青木泰憲プロデューサーが、連載時の小説を手に入れて読んだらしく、「何度も胸が熱くなりました」とメールをくれたんです。青木さんは、相手が作家だろうがなんだろうが、おもしろくないものにおもしろいとは絶対に言わない。すごく信用できるクリエーターで(笑)。この人がそこまで言ってくれるのならと、ドラマ化を快諾しました。
 ドラマ化するのに原作本がないのは矛盾するので、改稿に取り組むことに。改めて読み直してみると、2人の主人公、瑛と彬が銀行に入ってからの後半に問題があると気づきました。
 連載終了時は全部で原稿用紙1500枚ぐらいになっていましたが、後半を中心に700枚ほど削り、足りない部分を書き足したりまた削ったりして、最終的には1000枚の作品になりました。後で考えたら900枚ぐらい追加原稿を書いていて、もしかして一から書いた方が早かったのかな、と(笑)。

■最低5回は推敲

 書籍化のときには、どんな作品でも最低5回は推敲します。1冊作るのに赤字を入れるボールペンが3本ぐらい無くなります。気に食わないものは絶対に出したくないし、本は「商品」だから、お客さんである読者が満足してくれるだろうというところまでは妥協しません。その中でも『アキラとあきら』は、今までで一番改稿した作品になりました。

――前半は2人の主人公の少年時代を描いた青春小説、後半はバブルからその崩壊後の銀行を舞台に主人公が奮闘する金融小説と、二つの物語が展開していきます。
 今の僕だったらこういう構成では書かない。就職活動や研修のシーンあたりから書いて、必要な場面で少年時代の回想を入れるでしょう。そうしていないのが、10年前の作品たるゆえんだと思いますね。
 最初から書き直さなかったのは、少年時代を改めて書く気にはなれなかったから。結構重いストーリーだったので。

――確かに物語の冒頭、瑛の父親の工場が倒産し、夜逃げ同然で家を後にするシーンは胸を締めつけられました。置き去りにされた愛犬のチビがいつまでも車を追いかけてきて……。
 チビの下りは色んな人から言われます。「チビに何かあったら抗議の投書をするところでした」とか(笑)。
 ちなみにあれ、実話なんです。小さい頃うちにビーグル犬がいて、あるとき誰かに連れ去られてしまった。もう帰ってこないと諦めていたのですが、母の実家にいたとき、夜中に「クンクン」と鳴き声が聞こえて。窓を開けたらその犬がいた。何回かしか来たことがないし10キロ以上離れていたのに、ちゃんと僕らの元に戻ってきたんです。
 そんな幼いころのことを思い出して物語のエピソードとして描きました。抗議の投書が来なくてよかった(笑)。(中津海麻子)

 →池井戸潤さんに聞く(後編)

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