小説は心の動きを読ませるもの  『アキラとあきら』池井戸潤さんインタビュー(後編)

2017年06月28日

池井戸潤さん=首藤幹夫撮影

 →池井戸潤さんに聞く(前編)

――同じ銀行に就職した瑛と彬は、研修で「融資してもらいたい企業」と「銀行」として対決。若きバンカーの才能がぶつかり合い、ワクワクするシーンです。ああいった研修は実際にあるのですか?
 あそこまでの研修はないですね。また、あそこまで優秀な新人もいません(笑)。小説のストーリーがうまく動いていくためには「発明」といえるような場面が必要ですが、あの研修シーンはその一つではないでしょうか。
 ただ、実際に存在する会社の財務諸表を見せ、「君たちならこの会社に貸すか?」というような講義はあります。ほとんどの新入社員は「貸さない」という結論を出すのですが、「実はこれ、貸してるんだよ」と。新人たちは「自己資本比率が30%ないとダメ」などと学んだから融資できないと思うわけですが、実際はそんなに理想的な財務状況の会社はない。教科書の上では貸さないような企業にも、実際は融資しているケースは多いんだ、と学ぶわけです。
 瑛と彬が担当する融資の仕事は、期日までにお金を貸さないとその会社は社員ともども路頭に迷ってしまう、とても責任の重い仕事です。お客さんの都合を聞き、状況を判断し、それを銀行という組織の論理に当てはめるために稟議書を書く。いかに融資審査を通る稟議書を書けるのか、銀行員の機知や洞察力に左右される訳です。その片鱗をあのシーンで描きました。

――銀行が舞台の作品の場合、金融や経済の知識がない読者にも伝えるために気をつけていることはありますか?
 とにかく難しい言葉は使わない。たとえば『陸王』という作品には「転換社債」という金融商品が出てくるのですが、「転換社債」という言葉はどこにも使っていません。『アキラとあきら』では、クライマックスシーンに瑛が書く稟議書が大きな鍵を握るため、稟議内容をすべて書くことも考えました。でもやめた。読者の方が理解できないなら書いても仕方ないと思ったんです。その代わり、稟議を読んだ人の表情や心の動きで稟議内容を描くことにしたんです。
 難しい言葉を使うとそれらしくは見えるかもしれないけれど、結局は伝わらない。だからごくごく簡単に、誰が読んでもわかるように説明する。専門的に見ると解釈が違っている部分があるかもしれませんが、わかりやすさ優先で書いています。

■取材は必要ない

――池井戸さんの小説には、善人も悪人も魅力的なキャラクターが多いですが、モデルはいるのですか?
 いません。全部作っています。僕は取材もほとんどしません。小説は知識や経験を得るために読むものではない。心の動きを読ませるものです。だから、取材って実は必要じゃないんです。
 ただ、あまりにも想像がつかないようなことは事前に聞くことも。たとえば『下町ロケット』。大田区の町工場が全部集まるとロケットができるという話を聞き、本当にそうなのかとロケットの部品を作っている人に確かめに行きました。そしたら「絶対に無理」と。ああ、これは小説にはできないなと思ったんですが、ふと思いついて「もし何かキーデバイスの特許を中小企業が持っていて、大企業と取引する……という構成ならどうですか?」と聞いてみた。すると、「それならあるんじゃないか」と。そしてあのストーリーを書いたのです。

■「晋と崇」でスピンオフ?

――『アキラとあきら』で思い入れのある登場人物は?
 そりゃもう、彬の2人の叔父、晋と崇です。ダメおやじ2人組(笑)。ドラマでは晋を木下ほうかさん、崇を堀部圭亮さんが演じるのですが、キャラの濃い2人がどんな風に演じてくれるのかを見たくて、撮影現場に見学に行きました。

――崇は池井戸さんと同じ「慶應出身」という設定ですね。
 友達とつるんで、「ホテルやろうよ」「いいね!」「スーパーやろうスーパー」「いいねいいね!」みたいな。いかにも慶應っぽいよね(笑)。そんなチャラい崇も、コンプレックスの塊の晋も、僕は偏愛しています。2人を主人公にスピンオフでも書こうかな(笑)。

――本の表紙は2人の主人公のイラスト、帯にはドラマに主演する向井理さんと斎藤工さんの写真と、女性が思わず手にとってしまうような装丁が印象的です。
 イケメン2人のBL風(笑)。これまでの僕の本ではありえない装丁ですね。僕の本の読者層は、30~60代が多く、男性6割、女性が4割。この新作はドラマのキャスティングもあり、まだ僕の作品を読んだことのない若い人や女性読者にも手にとっていただけるんじゃないか、と。そういう希望も込めた表紙です。逆におじさんは手に取りにくくなっちゃったかもしれないけど(笑)。

――最後に、『アキラとあきら』の読者にメッセージをお願いします。
 瑛と彬、2人が少年から青年になっていく成長の物語を楽しんでいただければ。あとは2人の叔父さんのおバカっぷりを堪能してください(笑)。
 僕は、この作品に限らず、エンターテインメントに徹して書いています。そこに描かれていることから何を感じてもらえるのか。見識ある読者の皆さんに期待しています。(中津海麻子)

 →池井戸潤さんに聞く(前編)

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