「『知る』はおいしい。」 『dancyu』新編集長に聞く

2017年07月19日

『dancyu』の植野広生編集長

 はたと、困ってしまうときがある。寿司に行こうか、肉にしようか、先方はワインが好きだと言ってたっけ。あれやこれやと考えあぐねるが、譲れない条件はただひとつ。「おいしい」と笑顔になる瞬間を共有できること。
 そんな食べることが大好きな人が頼る情報源が、創刊27年の歴史を持つ食雑誌『dancyu』(プレジデント社)だ。書店やコンビニの店頭で見かけるおいしそうな表紙に、つい手を伸ばした経験のある読者は多いことだろう。
 隠れた名店情報あり、旬の食材の楽しむ読み物あり。「男子厨房に入ろう」から命名されたdancyuの“足と胃袋で稼ぐ”取材姿勢に、いまでは巷の料理人も一目置いている。
そのdancyuが、この夏変わった。
 「食をより楽しむための情報誌であれという大きな信条は変わりませんが、食情報が氾濫するいまこそ、世の食いしん坊たちが唸るようなリアルな食の楽しみ方を提案したい。新しいステージに上ったdancyuを作っていきたいですね」
 そう語るのは、この4月に新編集長に就任した植野広生さん。創刊直後からdancyuに関わってきた、自他ともに認める食通だ。

■新生1号は「美味東京」特集

 新生・植野組が作った第一号が、書店に並んでいる8月号。大特集の「美味東京」が、この雑誌の突き進もうとしている道をはっきりと指し示している。
 「フレンチ好き」だからこそ心が動くフレンチ店、「日本一のふわとろ感」といわしめるうなぎ屋……「僕らが読者の代理のつもりで行って、食べて、心底おいしいと思い、楽しめた店」ばかりを紹介したという。東京のどこにこんな店があったのか!と、身を乗り出す新鮮味だ。
 「東京ほど奥深い美食の街はありません。さまざまな食情報が飛び交っていますが、まだまだ素晴らしい店はたくさんある。『自分が友人を連れていくならどこへ行くか』、そんな本音の目線で、いま、本当に行ってほしい東京の店を探りました」(植野さん)
 新店だから、話題になっている店だからと、安易な情報に踊らされない。一日に4食、5食、いや6食と食べ歩き、料理はもちろん、店のたたずまい、料理人の心意気、集う客が醸し出す場の雰囲気――すべてを五感で受け止めて、初めてその店の良さをジャッジするのだという。そのうえで、「どこへ行っても、誰よりもおいしく食べる自信がある」と、植野さんは断言する。
 「例えば焼き肉を食べるとき、岩塩をつけるとしましょう。肉の上につけるか下につけるかが大問題。何も考えず下につけてしまうと口に入れた瞬間、すぐに塩味が舌を刺激してしまう。上につければ、口の中でまず肉の旨みを堪能でき、後から塩味が広がるというわけです。些細なことですが、知っているともっとおいしく食べられる知識って、意外とあるんですよ」


■好奇心を満たす「知」を発信

 同じお金を出すなら、誰よりもおいしく食べたい、楽しみたい。そう願うすべての食いしん坊のために、新たなおいしさを提案しようと、表紙に記すキャッチフレーズを今回から「『知る』はおいしい。」とした。
 「『知る』といっても、お作法など堅苦しいことじゃありません。おいしいと感じた食材の産地はどこか、作り手の思いは何なのか、そうした素朴な好奇心を満たす『知』を発信したい。dancyuは、これからも読者のよき“食の先輩”でありたいんです」(植野さん) 
 さらっと口にした「食の先輩でいたい」という言葉には、実は深い意味が込められている。
さかのぼること、美食に沸いたバブル絶頂期。若くてまだ懐寒い植野青年に、夜ごと食の楽しさを教えてくれたのは、バイト先の先輩や職場の上司たちだった。食べて、飲んで、また食べて。
 「食の楽しみ方は、みんな目上の人たちが教えてくれた。それが当たり前の時代でした」
と、植野さん。
 では、いまはどうだろう。30~40代の現役管理職世代は、バブル崩壊、リーマンショックと重なる不況のあおりを受け、若いころから食の楽しさを謳歌してきたとはいいがたい。
 「時代に翻弄されて、美食の伝承が途絶えてしまっていると思うんです。だから僕らがもっと頑張らなければ。『dancyuを見れば、必ずおいしいものに出会える、間違いない』と信頼される存在であり続けたい」(植野さん)
 確かにインターネットで飲食店の検索をしてみると、驚くほどの件数が出て便利ではあるが、食への思いまでは読み取れない。それを頑なに伝えていこうとしているのが、dancyuという雑誌なのだ。
 人が成長するように、美味なるものも移り変わる。dancyu先輩、次はどんなおいしいものを教えてくれるんですか?(文・写真・吉岡秀子)

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