自殺を探り生き方を探る 平野啓一郎の新刊

2013年01月31日

平野啓一郎さん

 人はなぜ自ら命を絶つのか。作家平野啓一郎が、長編『空白を満たしなさい』(講談社)で「自殺」問題に正面から取り組んだ。日本では昨年、2万7766人もが自殺した。今の時代をどう生きるのか、生きづらさにどう対処するのか、一つの提案がここにある。 「つらいことや悪いことが重なって自殺すると思われるが、生活が充実していても一流企業の社員でも自殺することがある。誰にでも起こりうることだ。根性がないからと言われることにも反発があった」
 物語の舞台は、死者が生き返ったニュースが相次ぐ現代。主人公はその「復生者」のひとり土屋徹生、36歳で、3年前に自殺していた。妻を愛し、息子も生まれ、仕事も苦労した企画が軌道にのりかけていた時で、自他共に「幸せ」と認める状態だった。なのに、なぜ? 徹生は、自分は殺されたと思い込み、「空白」となっている死の直前の記憶をたどっていく。
 自殺対策のNPOなどに取材し、リストカット経験者や自殺を考えた人に話を聞いた平野は「死にたいというより、理想とは違う自分が許せなくて、今の自分を否定したい、消したいという気持ちを感じた。生き返ったら、死ぬつもりはなかったという人もいるのではないか」と話す。

■「本当の自分」一つじゃない

 そうした自殺を防ぐため「分人」という考え方が活用される。人にはいろんな顔がある一方で、本当の自分は一つなどというが、平野は「対人関係ごとに見せる複数の顔が、すべて『本当の自分』である」と提言する。複数の「分人」が「個人」を構成している。
 「好きな人といる時と嫌いな人といる時は、別の分人。嫌な自分を引きずり、その自分が嫌だという思いが強くなると危険だ。リスクヘッジのため分散投資するように、人生も複数プロジェクトを生きるというような考え方があってもいい」。「消したい」自分を「分人」の一つと割り切ることでバランスを取れば、自分を保つことができるというのだ。「分人」は、20世紀文学が追究してきたアイデンティティー問題への答えともいえるだろう。
 徹生も、自分が自殺するはずがないと思っていた。だが「息子のために生きたいと、心から願う僕」が「生きることの意味を否定する僕を、消してしまおうとしてた」。そして「一つのいやな分人を消しさえすれば良かった」のに、「自分を丸ごと殺してしま」ったとわかる。
 バラバラ殺人事件とテロを扱った衝撃作『決壊』に続く作品だ。「主人公は自殺したと思われた。昔は主人公の死で読者が納得したり昇華したりするものがあったが、現代はどう生きればいいのか知りたい人が多い。自分なりの考えを述べないといけないと思った」 平野は1975年生まれ。デビュー時は難解さで注目されたが、近年は、小説を読み慣れない人にも届けたいという思いが強い。本作は漫画誌「モーニング」に連載。同世代の読者に向け、読みやすくエールを贈る作品になった。(吉村千彰)

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