あるがまま現代を漂う3人描く 津村記久子「ウエストウイング」

2013年03月13日

津村記久子さん

 芥川賞作家、津村記久子の最新刊『ウエストウイング』(朝日新聞出版)は、目先の「効率」「損得」に追われた現代人にとって寓話(ぐうわ)のような一作だ。雑居ビルで図らずも同じ“隠れ家”を見つけた主人公3人。次々と不思議な災いに見舞われるが、あるがままに受け入れ、いつしか良い流れに向かっていく。
 舞台は、4階建て地下1階の雑居ビル。この片隅に、かつて入居していた事務所が荷物を置いたままの物置がある。職場で雑多な仕事に追われるOLネゴロと、母子家庭で母の期待を担って塾に通う小学生ヒロシ。単調な日々を過ごすサラリーマンのフカボリ。3人はその物置でこっそり息抜きをしていた。顔を合わすこともなかったが、伝言のメモを残すようになり、物々交換が始まる。
 ネゴロの後輩がビルのトイレで出産したり、最寄り駅との間のトンネルがゲリラ豪雨で水没したり、と災いが起きる度に主人公たちは微妙に近づいていく。
 「まじめで、すぐ人に親切にしてしまう」ネゴロ。「子どもだが、だらしない大人の存在に気づいている」ヒロシ。「考えは柔軟だが、やけになりやすい」フカボリ。3人の共通点は、常にニュートラルでいること。良いこともそうでないことも拒まず、自分のすべきことをこなしていく。すぐに答えなど求めず、おもしろがりながら。作者自身の分身のような人物造形なのだという。
 そんな3人のたたずまいと対極にあるのが、現代の世相とみえる。「上か下か」「意味がある、ない」と決めつける発想が強く、「損はしたくない」と人々は躍起になりがちだ。「3人の主人公たちは隙だらけですが、いつしか良い方向に向かっていく。何かにとらわれることなく努めていけば、誰かの役に立つ、ということです」
 自身も会社員として働きながら執筆をしてきたが、さまざまな事情が重なって、昨年6月に会社を辞めた。長年勤めていたこともあり、「いまは半人前みたいな気持ち。何年かしたら、またどこかに勤めたい」と語る。芥川賞作家として活躍しつつも、働きに出ることが自然、という感覚。普通の人の、普通の営みを物語としてつむぐ名手。そう評されるゆえんは、地に足の着いた生き方なのだろう。(木元健二)

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