世界一悲しく切ない小説 丸山健二「我、涙してうずくまり」

2013年03月13日

信州・安曇野に住んで42年の丸山健二。庭仕事と書くことが日課だ=長野県大町市で

 丸山健二が四つの中編小説からなる『我、涙してうずくまり』(岩波書店)を出した。叙情的と思えるタイトルだが、4編を貫く主人公はすさまじいばかりに孤独な中年の男。「世界で一番悲しく、切ない小説を書いてやろうと思った」と言う。丸山を信州・安曇野に訪ねた。
 主人公は40歳を少し超えた年齢。生後すぐ親に捨てられ、養護施設で育った。就職後に通信制の大学を出た努力家だが、見合い結婚した妻には去られる。
 「自立と自律、両方をめざしながら生い立ちに足をすくわれ、孤独の中で葛藤する。ただ、自分の弱さや孤独に溺れることなく立ち向かい、なんとか生きようとするんです」
 孤独と自由が、丸山の一貫したテーマである。「書いてみれば、ああ、そうだったんだと思う」そうだ。
 この小説では、飼っていたシラコバトが死に(「鳩(はと)は死せり」)、施設で親友だった男の死を直感し(「ヤマユリ、川を下る」)、別れた妻の死とその真相を知る(「涙してうずくまり」)など、死が男の傍らを通り過ぎていく。
 文章が特異。「肉体にぐんぐん追いついてくる魂の自覚が実に心地よかった」「私という人間は私の寄せ集めでしかなかった」といった哲学的ともいえる言葉を詩のように配列する。
 ジャズのアドリブと同じで、「孤独、疎外感といったメーンのフレーズがあれば、あとはアドリブで。自分からどういう言葉が出てくるかを楽しむ」のだという。今回はチェット・ベイカーのトランペット風に、情緒味なのだそうだ。
 最終話の「水車よ、回れ」には、震災と大津波で家族を亡くした幼女が登場する。主人公に、かすかな希望が暗示される。
 2年前の東日本大震災をどう意識したかと問うと、「まったく意識しない」ときっぱり言う。「地球、宇宙という規模で考え、書いている。大きな災害は太古以来、何度もあった」。丸山らしい断定である。だがだからこそ、「なんとしても生き延びよ」という無言の思いが、どの文章の背後にも潜んでいる。
 作品はどれも、書き下ろし。「久しぶりに短編を書いてみよう」と、刊行したばかりの『風を見たかい?』(求龍堂)は短編集。若い泥棒が主人公だという。泥棒……したことあるのか。「小説家は役者と同じ。『なりきる』んです」とのことだ。(大上朝美)

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