老いも介護も、ユーモラスに 伊藤比呂美「閉経記」

2013年03月19日

小暮誠撮影=伊藤比呂美さん

 「『あたしが、あたしが』という物書きですが、いつか『あたしたちが』っていうところに行きたかった」。そう話すのは詩人の伊藤比呂美。50代半ばになり、自身の体の変化や親の介護について書いたエッセー集『閉経記』(中央公論新社)は、世の女たちの人生と響き合う、愉快な戦いの記録である。
 本書は雑誌「婦人公論」の連載「漢(おんな)である」をまとめたものだ。「漢」に「おんな」とルビ。〈俗におばさんと呼ばれるわれわれの持っている正義心、行動力、そして人生に対する覚悟と矜持(きょうじ)をあらわした〉。
 連載したのは55~57歳。テーマは更年期から閉経、激太りとダイエット、頑固さを増す夫や老犬との過ごし方まで。親の介護のため、家族と住むカリフォルニアからせっせと熊本に通ったことも。遊び心とユーモアいっぱいに老いをつづる。
 「『婦人公論』の読者はみんな、同じような経験を持っている。まだ見ぬ友達とつながってる感じ。でも、このタイトル、男性にはセクハラですかね?」
 「父の娘」を自称、2009年に亡くなった母とは気が合わなかった。この連載中、父が鬼籍に入った。ふと、病床の母が「あんたがいて楽しかったよ」とつぶやき、「母の呪いがとけた」ことを思い出した。「自然に『お母さん、ありがとう、さようなら』と思えた。若いころにはなかった気持ち。年を取るのもいいと思いません?」
 『良いおっぱい悪いおっぱい』などの子育て記のほか摂食障害、恋愛や病気などエッセーでは一人の女の生き様を書いてきた。次のテーマは更なる老い、そして「死」だという。
 「不幸の種があれば、指でほじくり返す。かさぶたをはがしていくと詩のもとがある。書いているうちに、現実のつらさや苦しさを忘れる。ずっと自分の体の声に耳を澄ませてきた」
 07年の長編詩『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』で語りの文体を獲得した。『読み解き「般若心経」』(10年)でお経の翻訳の楽しさを知った。
 「働きたいし、家庭も持ちたい、育児もしたい。何でも欲しいしやりたい。それが、私たち世代の女」。あれもこれもと求めて戦い続けた。中心にあるのは自分の体、そして結論は――〈あたしたちは満身創痍(そうい)だ〉。傷がまた、新しい作品を生む。
 遠距離介護は終わったが日本に戻るたび、熊本へ。「年を取るとさらにさらに大切になる女友達に会うため」。女の戦いは終わらない。伊藤比呂美は、楽しみながらそれを書き続けるのだろう。

関連記事

ページトップへ戻る