うつろう性欲、女の衝動 川上弘美の最新作

2013年03月27日

作家・川上弘美さん

 「性欲について書いてみたかった」。川上弘美の最新作『なめらかで熱くて甘苦しくて』(新潮社)は、性欲がテーマだが、そこに納まらず、生きていくことそのものへとつながる五つの物語だ。
 タイトルの文言は本文中にも出てくるが、「何かに突き動かされて生きる時があって、何かとは体の中にある『なめらかで熱くて甘苦しいもの』のような気がして」と話す。
 一編一編のタイトルは4大元素の水、土、風、火から取られている。「aqua」は不安定な思春期の少女、「terra」は女子大学生、「aer」は出産後の母親、「ignis」は30年間男と連れ添った女が主人公。最終話は世界を意味する「mundus」。「子供」と呼ばれる人物とその一族の物語だ。
 最初の1編は2007年に書き、2年かけて3編を書いた。その後、新聞連載をはさみ、最終話を書きあげたのは昨年だ。「いろんな時期をふり返り、自分の体を通ってきたものを、体の中を見るようにして書いた。セックス未満の性に向かう心は新鮮に覚えている。体験してみると恋か愛か執着か情なのかわからなくなるけれど。授乳中に性欲が無くなり、初めて性欲と行動が結びついているとわかった。そして、男と30年連れ添ったとしても、悟ることなどできない。年月がたつほど、混沌としてくることもあります」
 人生のいろんなときどきの性欲を描く試み。作品ごとに文体も違う。思春期や出産を題材にしたのは初めてだそうだ。「ignis」では伊勢物語の挿話を取り入れた。
 気になるのは、濃淡あれど作品を覆う「死」の影だ。〈死ぬ時は、いつも半端。誰でも半端〉(terra)、〈人はよく死ぬのだった。(略)死んだとたんにぽっかりと隙間ができるのではなく、何年もしてからはじめて隙間や穴になる〉(ignis)。だが、意識的に死を扱ったわけではない。「これまでも、『欠け』のあるものを書いてきました。人は変化していくし、必ず死ぬことが前提。それが生きているということ。東日本大地震の前からいつも思っていたことです」
 「mundus」の舞台は洪水で家や町が破壊される場所。津波を想起させる。だが、子供のころ近くの神田川が氾濫(はんらん)して橋が流されたことや、玉川上水が「人食い川」と呼ばれていた記憶が底にあるという。大好きだという「遠野物語」や「一千一秒物語」のように、小さな話を積み重ね、一つの大きな違う世界をみせてくれる神話のような物語だ。
 「珍しく素直に、物語を書こうという気持ちが、すっと出せた実感がある。恋愛まっただ中ではなくて、落ち着いて書いた感じ。でも、達観などできるものではないですね」

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