「皇太子退位論」山折哲雄さんに聞く

2013年03月25日

山折哲雄さん=京都市中京区、高橋一徳撮影

 宗教学者の山折哲雄さん(81)が月刊誌「新潮45」3月号に寄稿した「皇太子退位論」が反響を呼んでいる。皇位継承順位第1位の地位を変更するという提言だけに、「今の皇室典範では無理」「デリケートな問題だが議論はするべきだ」と雑誌などで賛否両論が噴出している。
 寄稿は「皇太子殿下、ご退位なさいませ」と題された。皇太子妃雅子さまの長期療養が10年目に入り、国民から求められる皇室の公的な家族像である「象徴家族」の役割が、皇太子ご一家の重荷になっていると指摘。国民やメディアが「多少の不安とやや過剰な期待の目」をご一家に向けており、「その眼差(まなざ)しがいつか、冷たい非寛容な視線へと転じていくかもしれない」と書いた。
 一方で、戦後はぐくまれた私的な家族像を「近代家族」と規定。「皇太子さまと雅子さまは愛子さまとともに、いわば第二の人生を選ばれてもいい時期に際会しているのではないだろうか」と、皇太子さまが「近代家族」を選び「退位」を宣言することを提言。「弟君、秋篠宮殿下への『譲位宣言』を意味するだろう」と論を展開した。
 山折さんは、この件でメディアには口を閉ざしてきたが「総合的な社会・人文科学論として検討を進めるべきだ」として、朝日新聞記者の取材に応じた。
 ■権威と政治の均衡崩れる
 ――なぜ寄稿したのですか。
 「宗教学研究の立場で長く天皇の意義を考え、2005年に『皇室典範に関する有識者会議』で、女性天皇や女系天皇を認める意見を述べた。昨年10月に、政府が皇室典範見直しに向けた論点整理を発表したが、議論は前進していない」
 「私の中で危機感と憂いが深まったのか、昨年11月23日号『週刊朝日』の対談で皇位継承について短く発言した。それを読んだ『新潮45』編集部から執筆を強く勧められました」
 ――皇太子ご一家を取り巻く状況をどう見ますか。
 「雅子さまの療養には心を痛めます。私が『退位』にふれたのも、皇太子さまのお気持ちを察してです」
 「平成になっての皇室批判や皇太子さまの『人格否定発言』(04年)への反応をみると、寄稿でふれたように、国民もメディアも皇室に必ずしも温かいまなざしを向けていない。こちらの方が深刻です」
 ――というのは?
 「皇室への国民の視線が冷たく非寛容になるのに歩調を合わせ、社会も冷たく非寛容になったようです。皇太子ご一家に象徴される皇室の苦悩が、先を見通せない私たちの不安に重なります。東日本大震災や原発事故、朝鮮半島、東シナ海情勢など、どうも平和な時代が危うくなっている。そんな時代の雰囲気が、天皇家の危機と根っこでつながっている気がします」
 ――なぜでしょう。
 「日本の歴史を振り返ると不思議なことに、平和な時代には、天皇の宗教的権威と現実の政治的権力との均衡がとれてきた。江戸の250年しかり、戦後の68年間もそうです」
 「政治学者の佐々木毅さんと01年に読売新聞紙上で書簡をかわした時にも、私は宗教的権威と政治的権力の均衡論を説いた。それを受け佐々木さんは、多神教的な価値観の『すみ分け』を再生産する社会的装置の維持が秩序を保ち、『天下停滞』が目に余ると、強いリーダーへの渇望が生まれると指摘しました」
 ――いま、強権的な指導者を求めるのは、均衡が崩れたからですか。
 「だからこそ、象徴天皇制の下で宗教的権威と政治的権力の均衡を図るべきです。宗教、政治の両面から天皇を専制君主にして、破局を招いた戦前の教訓を忘れてはならない」 ――どうすればよいと。
 「社会を安定させてきた象徴天皇制について、一人ひとりが、皇室典範の見直しを視野に入れた法律論をはじめ、歴史、文化、宗教から総合的に考えること。寄稿したのは、議論を少しでも進めたかったからです」
 (聞き手=編集委員・森本俊司)
    ◇
 やまおり・てつお 1931年米国生まれ。東北大助教授、国際日本文化研究センター所長などを歴任。著書に『天皇の宮中祭祀(さいし)と日本人』『近代日本人の宗教意識』など。

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