「米国文化への愛感じる」 村上春樹作品の翻訳者に聞く

2013年05月15日

ブックフェスティバルの書店ブースには村上春樹の大きなポスターがあった=米・ロサンゼルスで

フィリップ・ガブリエル氏

ジェイ・ルービン氏

 世界中で読まれている村上春樹。海を越える第一歩を支えるのが翻訳者だ。『1Q84』を共訳したフィリップ・ガブリエル・アリゾナ大教授とジェイ・ルービン元ハーバード大教授。2人に、新作や村上作品の世界について聞いた。
 ガブリエル教授は現在、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を英訳中。昨年末、著者から依頼されたという。今年中には終え、来年中に出版予定。「『ノルウェイの森』のようなリアリズム小説。これまでと比べてより深刻で、悲観的なように見えるが、究極的には希望に満ちている」
 震災との関係も重要視する。「2011年の悲劇にてらして読むのが良いと思う。多くの死があり、生き残った者は再生を求めている。過去を受け止め、生き続けるための多崎つくるの闘いは、これまでのどの登場人物よりも強烈に描かれている」
 主人公つくるの友人の名前には「赤松」「青海」と色が含まれる。「つくるという名前も翻訳が難しい。原書にはない説明を時々加える必要がある。彼らの名前をどう扱うか、まだ最終的に決めていない」。著者への質問は、一通り翻訳を終えてから。「今回はまだ何も議論していない。彼自身が翻訳家なので、翻訳の難しさや挑戦も理解してくれる。いつも助けられています」
 ガブリエル教授は長崎に滞在していた86年、友人の勧めで短編を読んだのが出会い。村上作品が米国で受け入れられたのは「一見すると米国らしさが見てとれる。米国文学の影響やポップカルチャーへの彼の愛が明らかだから」。しかし同時に「日本らしさもよく表れている」と続ける。「第2次世界大戦、オウム真理教、神戸の震災、そして失われた20年が作品に響いている。英語圏の読者は、彼の作品をより理解するために日本の歴史や社会を学ぶべきです」
 ルービン元教授はいま、『小澤征爾さんと、音楽について話をする』を英訳中。4月中旬に野間文芸翻訳賞の選考などで来日した。『多崎つくる』は読み始めたがまだ途中まで。「『ノルウェイの森』を想起させ、人間に焦点が当てられていて、非常に興味深い。だが、まずは小澤さんとの本を訳さないと」
 村上作品の翻訳は「簡単なようで、だからこそ難しい」という。文章が短く、出てくる言葉はビールやハンバーグといった日常にありふれたもの。簡単に見えて「つまらない英語にならないように、努力しなければならない」。村上作品の魅力を聞くと、『1Q84』の一場面をあげた。主人公の一人、青豆が友人を傷つけた男に制裁を与えるため、男の部屋にしのびこみ、部屋のすべてを壊す。「トマト・ケチャップを靴下の引き出しにかけるところは完璧な描写だ。リアリズムのように見えて、ほんの少しオーバーだから、読者に驚きを与える」
 もともとの専門は夏目漱石などの近代文学。89年に米国の出版社から出版に値するか意見を求められ、初めて村上作品を手に取った。それが『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』。「日本の現代文学には興味がなくて、渋々読んだら、すごいインパクトだった。彼の作品はどんなものもすべて読みたいと思った。すぐに出すべきだ、自分で訳してもいい、という僕の助言は生かされず、数年後に別の翻訳者の訳で刊行された。『世界の終り――』はいつか自分で訳したい」

関連記事

ページトップへ戻る