佐伯一麦が私小説2作 震災・身体の喪失と向き合う

2013年05月29日

佐伯一麦さん=仙台市青葉区、日吉健吾撮影

 失うことと、どう向き合えばいいのか。作家の佐伯一麦(53)が、東日本大震災を挟んで書き継いだ二つの小説で語っている。住まいの仙台市で震災に直面した私小説家は、震災の喪失感も作品に織り込んだ。
 長編『還(かえ)れぬ家』(新潮社)は認知症で記憶を失う父と、介護をする家族を描く。その執筆中、2011年3月11日を迎えた。
 文芸誌での連載を始めたのは、父が認知症と診断された1年後の09年。父は連載開始から間もなく亡くなった。それでも佐伯は、「私」が経験する介護を現在進行中の出来事のように語る手法を採った。
 徐々に記憶が失われていった父。「以前の姿を知っているからこそ、変わっていくのがつらく悲惨だという実感があった」という。
 だが作品が後半にさしかかるところで、震災が起きた。沿岸を歩くと、父が入所していた介護施設も被害に遭っていた。近くの松林が折れ、風景が一変し、建物の大きさまで違って感じた。「もう前には戻れない」。震災前の出来事が、遠い過去のように感じた。
 「私小説は書いている自分と、書かれている自分の緊張関係で成り立つ。自分の実感を裏切らない形で、どう書けばいいか悩んだ」。休載を経て、佐伯は父の介護を現在進行中のように語るのをやめた。「小説に流れる時間も、失われてしまった」。父の介護を震災後に回想している語り方に変えるしかなかった。
 震災は多くの喪失をもたらした。失ったものにどう向き合えばいいのか。聴覚や視覚、身体を失った身近な人を描く短編集『光の闇』(扶桑社)を書き、教えられたことがあると言う。
 日常のなかに「喪失」がある人たちは、震災後の不自由さのなかで暮らす自分たちに似ていた。「失った感覚や身体と、どう折り合いをつけるか。失われたものは、返らない。それでも生きていくあり方がある」と。
 電気工だった佐伯も、アスベストで肺を病んだ。壮健に働けない代わりに、今日は身体が痛くないという喜びや、今年も桜が見られたという「生き心地」を得られることもあった。
 小説内の「私」が出会う人たちも、「ないこと」を受け止めていた。そして、失ったからこそ得られる感覚を身につけていた。
 復興も、壊れたものが単に元通りになれば良いわけではないと感じる。「震災後の不自由さを忘れないでいるほうがいいと思う」

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