安直さに流されぬ物語 千枚のメガノベル 古川日出男さん

2013年06月05日

「南無ロックンロール二十一部経」を刊行した古川日出男=山本和生撮影

 形を変え、声を変え、10年をかけて書き継いできた。古川日出男の『南無ロックンロール二十一部経』(河出書房新社)は原稿用紙にして千枚。物語に何ができるのかを問い直す「メガノベル」だ。
 三つの物語が並行して進んでゆく。カルト教団にひかれた男のその後の静かな日々。地獄のような東京が舞台の、1羽の鶏から見つめた暗い世界。そして米国で生まれたロックンロールが海を渡り、世界へ広がってゆく陽気な物語。
 二者択一を迫る最近の風潮に違和感があったという。「一つの解答だけの物語では、現実を描ききれない。三つぐらいの正解が並立しているのが、本当の世の中の成り立ちだと思う」
 主人公の鶏は、身を焦がして滅び、虎になり、キツネに変わる。「人の魂にひっかき傷をつくるため」という寓話(ぐうわ)は、読む者を戸惑わせる。一方で、ロックンロールの語りではジェットコースターに乗っているような楽しさがある。「最も文学的なことをやるためには、エンターテインメントにならなければいけない」という通り、純文学でありエンタメ小説でもある。
 プロローグは、猛毒ガスを持った男が地下鉄に乗り込むところから始まる。想起させるのは1995年の地下鉄サリン事件。なぜ今、カルト教団なのか。
 66年生まれの古川は、事件を起こしたオウム真理教の信者たちと世代が重なる。事件から時間がたち、社会が忘れつつある中、「自分の中で問えるようになった」と書き始めた。昨年、指名手配されていた教団元幹部が出頭した。まだ事件は終わってはいない。
 「オウムが最悪なのは、本人たちは良いことをしようとしていたこと。自分を犠牲にして世の中が良くなるならいいという気持ちは僕にもある。世代的に似たような物語を内蔵された人間だとしたら、彼らを罰し、その上で許すことができるのかと考えていた」
 福島県郡山市出身。東日本大震災の直後は「小説を書くのがきつかった。書いても仕方がない、というささやきが聞こえた」。断念した作品もある。それでも原発事故への思いを書き、発言し、行動してきた。「あのきつさは当時、みんなで共有していた。しかし社会も個人も治癒しようとする。つまり忘れてしまう。そこから、物語の有効性が出てくると思う」
 95年当時、オウムの持つ物語も、それを報道するメディアの物語も、どちらもゆがんでみえた。今作のなかで触れた「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という標語もゆがんだ物語の一つだ。「日本を取り戻す」だってそう。
 安易だからこそ、人々の心をやすやすととらえる。「安直な物語に巻き込まれ、流されてしまわないように、大きな物語を用意する立場でいたい。そんな試みが、この小説の挑戦だった」

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