幸せのカギ 脱成長にあり 仏のラトゥーシュ氏に聞く

2013年06月05日

セルジュ・ラトゥーシュ=家老芳美撮影

 アベノミクスで経済成長への期待が膨らむなか、成長に「否(ノン)」を突きつけているのが〈脱成長〉の必要性を説き続ける仏の経済哲学者のセルジュ・ラトゥーシュ氏だ。成長の何が問題なのか? 来日を機に聞いた。
 〈脱成長〉という概念は、経済の規模を徐々に小さくすることで消費を抑制。本当に必要なものだけを消費することで、真の幸せにつなげていこうという考えだ。著作は欧州を中心に読まれ、日本で5月に刊行された『〈脱成長〉は、世界を変えられるか?』(作品社)は6カ国で翻訳されている。
 「経済成長は、結果的に大多数の人を決して豊かにしない。人の生存を脅かす貧困や飢餓は、経済成長こそが生み出す」
 念頭には、長年にわたって現地調査をしてきたアフリカやアジアの村落共同体の生活があるという。例えば、貧困や飢餓の多くは、歴史的に見ると、異常気象を原因とする食料不足が原因ではなかった。商品作物の生産など偏った開発によって、生活基盤が破壊され、共同体内部の分かち合いの精神が失われるなど、「経済成長を目的とした開発自体が原因でした」。
 こうした「成長」の問題点は先進国にもあてはまるというのが、持論だ。「私たちの想像力は今や完全に『経済成長』によって植民地化されてしまい、社会の問題は成長によって解決されると信じ込んでいる。長期的に考えれば資源は枯渇し、環境は破壊されることは明白にもかかわらずだ」
 バブル崩壊後の低成長時代を「失われた20年」と呼ぶ日本では、成長なき社会を「豊かな社会」と捉える人は少ない。この20年間で貧困や労働問題は、深刻化したと考える論者がほとんどだ。「日本の例が示しているのは、経済成長至上主義の社会のままで低成長になると、人が生きていくのに厳しい社会になるということ。結局、経済だけでは問題は解決しない」
 では、どうすれば? そこで説くのが、社会の基本的な単位を小さくした「ローカル化」戦略だ。実際、欧州危機後、ギリシャやスペイン、イタリアなどではスローライフのコミュニティーづくりの動きに拍車がかかっているという。
 「『環境にやさしい』運動というと、先進国の裕福な人たちによる、お金のかかる運動と思われがちだが違う。短期的な経済成長に右往左往しないでよい社会をつくっていくことを意味している」
 成長の追求がもたらす弊害は、20世紀後半から何度も議論されてきた。1970年代には各国有識者らが集ったローマクラブが「成長限界」を説き、経済成長優先主義を代替する社会のあり方を数多くの論者が指摘してきた。「もはや、私たちは問題を『知らない』のではない。ある哲学者の言葉を借りれば『知っていることを信じようとしない』のです」
 〈脱成長〉が必要と思ったら、まず何をすればよいのか? 「もちろん、運動をする、選挙の投票先を変えるなどいろいろあるが……」と言った後、「まずは、洗浄便座付きのトイレを使うのをやめなさい。あの水を出すための電気だけでも日本全体なら相当なものです」。
 「安倍首相は『日本を取り戻す』と言っていると聞く。それは経済成長するということではなくて、『もったいない』精神を持ち、生態系と共存する、古きよき日本を取り戻すという意味でないといけないのですが」
     ◇
 1940年生まれ。パリ南大学名誉教授。専門は南北問題と経済哲学。

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