改憲は戦後の知恵壊す 「96条の会」結成 樋口陽一さん

2013年06月11日

インタビューに答える樋口陽一・東大名誉教授=東京都港区

■樋口陽一 東京大・東北大名誉教授

 改憲発議要件を国会議員の3分の2から過半数に改めようとする安倍政権の憲法96条改正への反対を掲げ、アカデミズムを代表する学者らが「96条の会」を結成した。代表は東大・東北大名誉教授の樋口陽一(78)。憲法学の長老を駆り立てたものは何か、尋ねた。
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 安倍晋三首相が、政権に就く前の昨年9月に講演でこう話したと報道されました。
 「たった3分の1を超える反対で(改憲を)発議できないのはおかしい。そういう横柄な議員には選挙で退場してもらいたい」
 憲法96条が国会に厳しい発議要件を課すのは、様々な意見をぶつけ合い、論点が煮詰まる過程を国民に示した上で、国民投票で誤りない判断をしてもらうためです。そもそも国会とは議論を尽くす所です。
 だがそうした議会観に立たないことを「横柄」発言は映し出しています。
 96条という外堀を埋めた後、憲法前文や各条文という内堀、立憲主義という本丸を崩してゆく。そんな危うい筋道が見えます。自民党が昨年発表した憲法改正草案のことです。
 自立した一人一人が契約を結び、国家権力を作る。それが日本国憲法が描く公共社会の像です。その権力が暴走しないよう、憲法で縛る。土台は「個人」を守ることにあります。
 これが、13条の「すべて国民は、個人として尊重される」という宣言であり、前文に書かれた「人類普遍の原理」の意味でした。
 ところが自民草案は13条の「個人」を「人」に置き換えます。前文すべてを差し替え、固有の文化、伝統といった言葉を使いつつ「和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する」と述べます。
 自己決定をする個人の間で結ばれた関係ではなく、家族や郷土や社会全体の中の「人」だからこそ和が成り立つ。欧米諸国が共有する価値観、社会観とは反対方向に、自民草案は踏みだそうとしています。
 その半面、国家はこれまでの役割から撤退しようとしている。「公共の福祉」という語が、自民草案では一つも出てきません。
 公共の福祉の論理は、特に財産権との関係で、社会保障や福祉国家と表裏一体と考えられてきました。これからの福祉は国家が税金で担うのではなく、家族や「世間」が引き受けるべきだというのでしょうか。
 天皇を元首とし、自衛隊は国防軍に改める。こうした重要な変更も盛り込まれています。
 3・11後の混迷の中、誰に命じられたわけでもなく人々は被災地に駆けつけ、連帯した。「原発をやめよう」という市民の動きの広がりは、日本社会に新風を吹き込んだ。まさに自立した個人の発見でした。
 象徴としての天皇は被災者を励まし、ねぎらい、存在の確かさを示した。自衛隊員の誠実な救援が、住民の信頼に応えた。
 個人、象徴天皇、9条下の自衛隊。どれもが、戦後社会が苦労して築いてきた安定の知恵です。なぜ、壊そうとするのか。
 思い起こすのは半世紀余り前のこと。改憲をめざす岸信介首相に対峙(たいじ)して、東大で民法の権威だった我妻栄先生や憲法の宮沢俊義、清宮四郎両先生ら知識人が結集し、憲法問題研究会を立ち上げました。
 当時に比べ学者も政治家同様、小粒になりました。けれども社会が危険な方向に向かうとき、沈黙してはいけない。専門知を持つ市民としての義務感です。(聞き手・石橋英昭)
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1934年生まれ。専門は比較憲法学。新刊に『いま、「憲法改正」をどう考えるか』
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 ◆「96条の会」発足シンポジウム
 14日午後6時半、東京・四谷の上智大学8号館410教室で。「熟議なき憲法改定に抗して」をテーマに、樋口陽一代表が基調講演。杉田敦、長谷部恭男、小森陽一、山口二郎、岡野八代の各氏が議論する。入場無料、事前申し込み不要。

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