ネット選挙 政治に近づこう 西田亮介さん

2013年06月12日

西田亮介さん

 夏の参院選からインターネットを使った選挙運動が可能になる。日本社会はどう変わる可能性があるのか。5月末に『ネット選挙 解禁がもたらす日本社会の変容』(東洋経済新報社)を刊行した西田亮介・立命館大特別招聘(しょうへい)准教授(情報社会論)に聞いた。
 「若者が投票に行き、投票率は上がる」「ネットを使えば、お金がかからなくなる」――。同書では、ネット選挙を巡る「俗説」を米国や韓国などの「ネット選挙先進国」の事例を紹介しながら、検証した。
 韓国では10年以上前から、ネット上での選挙活動の過熱ぶりが注目されてきた。しかし、1990年代と比較すると、2002年大統領選の投票率は大幅に下落。07年はさらに下回るなど「投票率への影響は、単純には成立しない」と指摘する。
 「お金がかからない」も同様だ。ネット上のツール自体は無料でも、データの分析や運用には高度な技術が必要となり、結局外注した結果、資金がかかるケースが多いという。
 では、「解禁」の意味は何なのか。最も重要なのは「選挙活動について、『公平性』の考え方が変わったこと」という。
 日本の選挙では、各候補者のポスターの数が決められるなど、候補者が使える手段をそろえてきた。「均質な空間を保障し、選挙戦を繰り広げるのが日本の『公平』な選挙」。だが、参院選からは少なくともネット上では、「個人の創意工夫に任せ、自由に選挙活動をすることを『公平』とする、従来とは異なる思想が導入された」と話す。
 この「公平」の極端な例が米国だ。昨年の大統領選で見られたように、ネットやテレビなど、様々なメディアでネガティブキャンペーンも含め、対立候補との激しい争いが繰り広げられた。
 「米国の場合、ネットに限らず選挙活動に対して規制は少なく、巨額のお金がつぎ込まれる。大統領選ともなれば事実上、1年以上選挙戦になり、日常生活のいろんな場面で有権者は政治的な言葉に直面する。一方、日本は逆。規制がある分、政治と日常生活の距離は遠くなった」
 どちらを「よい社会」とするかは市民の「選択の問題」だが、ネット選挙導入で日本が目指すべきなのは、「古きよき民主主義の理念」と指摘する。多様な情報に接触した人が議論を通じて自分の考えを変容させて、結果として政策が生まれていくというものだ。
 「今の日本は米国と違い、政治と生活の距離が大きい。今回、投票率の向上につながらなくても、『解禁』で政治と生活の距離が変わり、市民が接触する情報が変われば、中長期的に影響を与える。ネット以外のメディアや政治教育のあり方も含めて考えていく新しい出発点にしたい」

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