「平和優先主義」提唱する 松元雅和さん

2013年06月19日

松元雅和・島根大准教授=松江市の島根大

 平和主義は国民主権、基本的人権の尊重と共に憲法の3大原則だ。だが、平和主義を空想的と退ける思想は数多い。批判的な思想との対話を通じ、説得力のある平和主義を探る松元雅和・島根大准教授(政治哲学)に聞いた。たどり着いた立場は「平和優先主義」という。
 戦争などの暴力に頼らず紛争を解決しようとする平和主義。加えられてきた批判は主に三つある。
 (1)戦争には正と不正がある。正戦も望ましくはないが必要悪だ(正戦論)。
 (2)国同士の権力が衝突する世界で、戦争は国家の安全保障に欠かせない。正・不正の議論は無意味だ(現実主義)。
 (3)虐殺など重大な人権侵害を阻止するために、国際社会が介入して用いる武力は正しい(人道的介入)。
 非平和主義は、政治哲学や国際関係論では大きな勢力を占める。その主張を吟味し、3月に刊行した『平和主義とは何か』(中公新書)で「平和優先主義」を打ち出した。
 「改憲の動きが実際にある中で、長く使える議論を示そうと思いました。政治哲学は、物事を整理して考えることが得意です。自分や相手の主張の根拠は何であり、相互に何がどれほど異なっているか。水掛け論でない論じ方をしたつもりです」
 平和優先主義は、いかなる場面でも暴力を排除する「絶対平和主義」とは異なる。内面の良心とは別次元の政治的な選択肢であり、例外として、計り知れない人命が失われた時などでは暴力の使用を認める。
 では、平和優先主義は、非平和主義とどのように対抗していくのか。
 正戦論に対しては、自衛戦争でも正戦とは限らず、戦争の正しさは容易には判別できないことを挙げる。「正戦論は平和主義と完全には断絶していません。ただ、歴史的には戦争の正当化に使われてきました」
 現実主義には、数ある政治的価値から国家安全保障を常に最重視するのは言い過ぎであり、脅威や安全は国同士の認識に応じて相対的なものだと指摘する。
 人道的介入へは、命を救うことと殺人を禁止する二つの原理が両立しがたいと論証。紛争当事者に武器を持たせないなど非軍事的な介入方法を紹介し「人道的危機に対処するために、私たち(日本)が軍隊を保持する『普通の国』になる必要はない」と主張する。
 立憲主義は、諸外国では必ずしも平和主義を伴わない。だが、日本の平和主義は単に外交や安全保障の問題に限らないという。
 「国民主権や基本的人権の尊重とセットで、政治権力を縛る国内的な意味があった。軍部の暴走など、政治に武力を持たせると国家を戦争に走らせた経験があり、武力を持たないことが、国民の利益を守る役割を帯びたのだと思う。世界で一般化はできませんが、日本人の感覚では平和主義と民主化は一体でした」
 平和優先主義は政治的な選択肢なので、9条改正を原理的には否定しない。
 「私自身は改正の必要を感じませんが、もし隣国の膨張主義が続き、国民の大多数が心の底から普通の国になって軍隊を持ちたい、侵略から守られたいと望むならありうる。ですが改憲派は、権力の制約という9条の要素をどこに追加するのか、対案を出さねばならない。一方で護憲派は、改憲論の背景を探り、代替案を示す必要があります」
     ◇
〈日本国憲法第9条〉
 1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又(また)は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
     ◇
 まつもと・まさかず 1978年生まれ。慶応義塾大大学院博士課程修了。博士(法学)。著書に『リベラルな多文化主義』、共訳にマイケル・ウォルツァー『正しい戦争と不正な戦争』など。

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