地方を肯定、爽やかな故郷に 辻村深月『島はぼくらと』

2013年07月03日

作家の辻村深月

 地方で生きる閉塞(へいそく)感や息苦しさを繊細にすくいとる名手、辻村深月は昨夏の直木賞でもそう評価された。ところが受賞後第一作『島はぼくらと』(講談社)は、地方を舞台にしながら、明るく開放的な青春小説になった。否定を重ねてきた先に、肯定感に満ちた世界が広がっていた。
 海のない山梨県出身。地方のしがらみと闘う小説を書いている、と意識したのは、地方と都会の女子の格差を描いた2009年の『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』から。直木賞受賞作『鍵のない夢を見る』もやはり、「地方の閉塞感と女性の閉塞感を重ね、人間の孤独が書けていた」と評価された。「閉塞感を突きつめて書いてきた自分に、地方を肯定できるのか、挑戦してみたかった。否定を重ねてきたからこそ書けることは何だろうって」
 3年前に瀬戸内の島々を訪れ、「自分の中に全くなかった田舎を見た」という。視界を遮るものは何もない。光も日差しも、色が違った。「自分の原風景でなければ書いてはいけないという思いさえ吹き飛ばすくらい、圧倒的なインパクトだった」
 書き下ろしの長編。瀬戸内の小さな島に高校2年生は4人だけ。幻の脚本を求めて島にやってきた自称作家に4人は振り回される。人懐っこいおばちゃんのおせっかいや、ささやかな事件が島の人々をつないでゆく。4人の友情と、恋の始まる予感はきらきらとした日差しによく似合う。
 当初は30代の女性たちの視点で書いていた。しかし地方を否定するばかりでその先に進まない。原稿用紙100枚ほど書いた時点で直木賞を受けた。「まっさらな形で何ができるか見据えよう」。気持ちを切り替え、100枚は捨てた。
 娯楽がないから大人はパチンコに入り浸り。高校生が男女で歩けばデートと言われる。田舎のいやらしさもにじませながら、作品には爽やかな風が吹いている。地方、田舎という言葉は、この小説の中で「故郷」に変わった。「夢物語ではなく、現実に着地させたいと思っていた。終えてみたら、故郷と書いていた。これこそ、地方を肯定できたから出会えた言葉だと思う」

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