霧しぐれ富士をみぬ日ぞ面白き キーンさんに聞く

2013年07月17日

世界遺産登録が決まった6月22日早朝の富士山

ドナルド・キーンさん=東京都北区、西田裕樹撮影

 世界遺産に決まった富士山。登るもよし、見るもよし。魅せられた一人に日本文学者のドナルド・キーンさんがいる。富士について、そして日本人の美意識について語ってもらった。
 キーンさんが富士山を初めて見たのは終戦直後。米海軍士官としてグアムで終戦を迎え、中国をへて日本に渡った。元々見たかったのは富士山ではなかった。
 「日本語の教科書に『日光を見ないうちは結構と言うな』という言葉があり、どうしても日光東照宮が見たかったのです。しかし結構なのは最初だけで、ごてごてと飾り立てられた日光は、私にはあまり魅力的ではありませんでした」
 「1週間後、横須賀から出る船のデッキから、朝日を浴びたピンク色の富士山を見ました。突然、目の前に広がった。生涯で一番美しい富士山です」
 両手を大きく広げ、脳裏の富士を再現する。
 「日本で一番高いだけでなく、美しく、宗教とも関係があり、日本人にとって特殊な意味を持つ。米国で一番高い山を問われてもどこにあるのかよくわからない。富士のような存在の山はありません」
 「日本人の美意識」をテーマにした最新刊の『ドナルド・キーン著作集』第7巻で、芭蕉の句を取り上げた。「霧しぐれ富士をみぬ日ぞ面白き」。霧がかかって富士の頂が見えない日がいい、と俳聖は言うのだ。
 「月は満月だけではない。桜を見るなら満開はもちろん、しかしつぼみもいいし、散ってからも美しい。こういった日本人の美意識を私は兼好法師から学んだ。『徒然草』を英訳していたとき、自分がまるで兼好法師のような錯覚がありました」
 日本人の美意識は「暗示」「不均整」「簡素」そして「はかなさ」の要素が重要になっているとキーンさんは考えた。それらの日本の美の原点は、室町時代、足利義政にあるという。
 「銀閣寺で一番驚くのは、驚かないことです。床の間があり、障子がある。現在の料亭と同じで、驚くことがない。もしも紫式部が描いた御殿を見ることができたらびっくりするでしょう。女性はどこにいるの、カーテンが多いのはなぜ、と。日本人のこころは東山時代に形成されたと思います」
 「義政は、戦乱で都が荒れるのを見ながら、自分には何もできないとあきらめ、美しいものに心を注ぎます。日本では最低な将軍として嫌われていますが、日本の美学の指導者としては重要な人物でした。だいたい天才には悪い面があるものです。ワーグナーのオペラはすばらしいが人間性はひどかった。石川啄木も短歌は見事ですが、金にだらしない。欠点は天才の一部なのでしょう」
 日本の美は、外から見て初めて気づくこともある。
 「西洋の美学と対照してみると、日本の美は日常的です。バスの運転手の頭上やトイレの壁に小さな花入れがあったり、百貨店の店員が芸術的な包装をしたりするのを見て私は驚きます。私が書くものに価値があるとするなら、外国で生まれ育ったため、日本人の美を、日本人よりも敏感に見つけることができるということでしょうか」(聞き手・中村真理子)

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