欲望、ギラギラさせなくちゃ 渡辺淳一×林真理子対談

2013年08月27日

林真理子さんと渡辺淳一さん(右)=山本倫子撮影

林真理子さん=山本倫子撮影

渡辺淳一さん=山本倫子撮影

 ギラギラした野心や欲望は大切だ。若い世代に向けてこう説いている2人の作家がいる。ともに直木賞選考委員でもある、渡辺淳一さんと林真理子さんに、欲望について語ってもらった。【聞き手・編集委員・吉村千彰、構成・中村真理子、加来由子】

■俗欲はエネルギー
 林 今年2月の直木賞の贈呈式で、渡辺先生が、受賞した朝井リョウさんに「俗欲を持たなくちゃだめだ」とおっしゃって、すごく話題になったでしょう。「俗欲を持て」という言葉は、新鮮で衝撃でした。
 渡辺 厳しい文壇の中で生き残ってほしい。だから朝井くんに言ったんだ。そのためには、まず自らの欲望をぎらつかせていること。家の一つや二つはつくらないと作家じゃない。
 林 すぐ消えてしまう若い作家も多いですからね。
 渡辺 そうだね。いつまでも作家として第一線で居続けるのは、大変難しい。絶対書き続けていくぞという気迫とプライドと、やっぱり意地みたいなものがないとね。
 欲望をぎらつかせることは、下品だとか嫌らしいとか言われるけれど、人間の進歩って、まず原点に欲望があったからでね。文学に限らず、どの世界だってそう。これを知りたい、かくありたい、という欲望がないと何にもできない。現代はそれが非常に薄れてきている。
 林 改めて、俗欲っていい言葉だなと思いました。探していた言葉が見つかったという感じがして、『野心のすすめ』でも引用させていただきました。ものを作る人にとって一番大切な条件だと思う。私は、贈呈式のあいさつを聞き逃してしまって、「林さん、あの場にいないとだめだよ」といろんな人から言われました。でもね、友だちがフグの白子に黒トリュフをかけるの食べにいこうって言うから、食欲にくらんで……。
 渡辺 林さんは俗欲が丸出しなところがいい。進歩の原点だよ。
 林 そうなんです。欲望をエネルギーに、書いてゆく石炭にしている気がします。お金がもっと入ってくるといいなあって思います。これじゃあ足りない。
 渡辺 そうだね、もっと稼がなくちゃね。
 林 やっぱり直木賞を取りたかった。直木賞を取る前は、どんなことをしたって、と目の前にニンジンがぶらさがっているようなものでしたから。あのときは本当に頑張りました。
 渡辺 直木賞は作家としてのスタート。でも最近は、直木賞を取ったからもういいや、という人がいる。そういうものじゃない。これからは泥沼の道を行くぞ、という決意というか覚悟がないとだめ。ある作家がエッセーで、一日の楽しみについて、朝から仕事して、夕方、幼い娘とお風呂に入るのが幸せだと書いていたけれど……。
 林 私も「妻にお礼を言いたい」などと家族のことを言ったり書いたりしているのを見るとガクッときてしまう。作家になるというのは、ある意味、修羅の道を行くわけですから。先生は「娘とじゃなくて愛人と風呂に入れ」っておっしゃっていましたね。

■隠さなくてもいいじゃない
 林 『愛ふたたび』はすごい。先生くらいの大御所がこんなこと書いてしまっていいのでしょうか。
 渡辺 いいんだよ。もうじき80歳だけど、僕にとって最近一番衝撃だったことは、やっぱり70歳を超えてインポテンツになったことだった。これは本当に心にこたえてね。このマイナスをプラスに切り替える生き方もあるんじゃないか、だったら書こう、と思った。恥ずかしいけどね。
 林 でもあれだけ売れているということは、やっぱりみんな知りたかったんですよ。今まで誰も書かなかったから。50代の女性が、20代の女性と同位置に描かれているのが新しいと思いました。50代で美しくて、みずみずしい体を持っている人が今はいくらでもいて、そういう方たちの性行為も日常的だと先生がご存じだからさらっと書ける。
 渡辺 年をとって良かったことはいっぱいある。年をとった女性がすてきに見えるようになった。60代も70代もみんなすてきだなあ、とわかってきた。
 林 パーティーで先生の周りにいるのは若い女の子ばかりじゃない。年を取ったおばさんにも実に優しくて、手を握ってらっしゃる。だから先生はもてる。あれはできない。
 渡辺 だってみんな懐かしくて愛(いと)しいんだもん。
 林 私、昔から「よくこんなに赤裸々に書きますね」って周りから言われますが、ものを書くことを仕事にしている以上、ある程度、露出癖みたいなところもある。『野心のすすめ』ぐらいのレベルだったら、なぜ隠さなくてはいけないのかな、と。
 渡辺 林さんが最近出演したテレビ番組を見ましたが、あれだけ周りを笑わせるのは、やっぱり才能だな。林さんも最近、ムチがひとつ入ったような気がするなあ。
 林 本当ですか、60歳を前に……。
 渡辺 いい意味で開き直った。ええかっこしいとか、きれいごととか、そんなことを超えて自分の内側に鋭いメスを入れたね。
 林 私、このところの出版不況でどんどん地味な作家になっていくと思っていたのです。でも、本が売れないのを「こんな世の中だから」と言い訳していてはいけないと思いました。先生みたいに、出せば売れる作家の方もいらっしゃるわけですから。
 渡辺 ありがたいことに、9月で、集英社から出している本の累計が1500万部になる。おかげでお金は入ったけど、そのほとんどを使いました。女性にね……。でもね、それで女性たちとのことを書き込めた。いっぱい教えてもらった。
 そうそう、ある女性にすごくののしられたことがあって。「あんたみたいな男は最低、犬か豚以下だ」と。僕をけなすセリフに「すごいなあ」と感動しちゃってね。これぜひメモしたいと思ったけど、その場でメモしたら叱られるから、「トイレに行かせてくれないか」って言って。今言われたことを慌ててトイレットペーパーに書いて、ポケットに入れて戻って、またかしこまって叱られる続きをして。あとでそれを小説に書いたら、すごいリアリティーがあって、良かった。

■汚いどころか幸せの原点
 ――作家になる前、渡辺さんは医師、林さんはコピーライターでした。
 渡辺 医者の世界はきちっとしていて、学問的で面白くなかった。それからみたら、作家の世界は個性的で生々しかった。松本清張さんなんか銀座のクラブで、好きな女の子に1万円札を数えながら渡していた。だから金でころぶ女しか書けないって他の作家が言っていたけど。
 林 私がコピーライターになったのはバブルの頃。毎晩いろんなお店で飲んだり食べたり、楽しかった。有名になること自体が楽しい。ちやほやされたい。
 渡辺 その俗欲をいかにプラスに向けるかだね。
 林 『野心のすすめ』を読んだという作家やエッセイスト志望の人から「手を貸してくれ」と手紙をもらいます。若い人の野心に火をつけられたらうれしい。でもなぜ人に頼ろうとするんだろう。新人賞に応募すればいいのに。
 渡辺 まず好きなことを見つけて執着することだね。
 林 第一線で残っている人の努力は半端じゃないですから。
 ――最後に読者へのメッセージを。
 渡辺 欲望って、とっても大事。すべての進歩の第一歩であり、幸せの原点でもある。日本社会が気取って品良くなりすぎてしまったのかも。欲望を汚いものだと否定的に見ないで、自分をプラスに向けていくものだととらえて欲しい。
 林 俗欲を持つためにはお金を稼がなければいけない。体力がいる。今の若い人たちはすぐに、疲れるとか、この辺でいいという。そういう人たちにどうしたら分かってもらえるんだろう。自分で何も努力しないで、努力している人をかっこ悪いと否定する。しかしそれから何が生まれるのか、と言いたい。
     ◇
■渡辺淳一「愛ふたたび」(幻冬舎)
 愛妻を亡くした70代の医師の男が主人公。第二の人生を楽しもうと新しい恋を始めるが性的不能になってしまう。高齢者の性を赤裸々に描き、性愛をあきらめるな、と訴えかける長編小説。
■林真理子「野心のすすめ」(講談社現代新書)
 お金もコネも資格も美貌(びぼう)もないどん底の20代から、どのように挑戦を続けてきたのか。若いころの失敗や試行錯誤を明かし、現代の若者へ「上を目指そう」とエールを送る自伝的エッセー。
     ◇
 わたなべ・じゅんいち 33年、北海道生まれ。札幌医科大卒業後、整形外科医として働きながら小説を書き始める。70年に『光と影』で直木賞。著書に『失楽園』『愛の流刑地』『鈍感力』など。
     ◇
 はやし・まりこ 54年、山梨県生まれ。日大芸術学部卒。コピーライター時代に書いた『ルンルンを買っておうちに帰ろう』がベストセラーに。86年に『最終便に間に合えば/京都まで』で直木賞。近著に『正妻 慶喜と美賀子』(講談社)。

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