猫を通して探る「生の外側」 荻世いをら新作

2013年09月18日

作家の荻世いをら

 飼い主募集の張り紙を見てもらい受けたさび柄の猫は、ドアのアームロックを開閉できるようになり、ある日、想像妊娠する。もう1匹の猫が加わり、飼い主の若い夫婦は2匹の間を右往左往しているうちに、いつのまにか「生の外側」をのぞき込んでいる。「公園」で文藝賞を受賞して作家デビューした荻世いをらの新作『ピン・ザ・キャットの優美な叛乱(はんらん)』(河出書房新社)は、新感覚の「猫小説」だ。
 猫をめぐる3編を収める。「猫は半分社会的な存在であり、同時に社会の外の存在でもある。その猫が入ってくることで人間の方が異化されるのではないかと思い、そういう切り口で書いてみた」
 登場する「あじ」と「ピン」の2匹は実際に荻世が飼っている猫そのもので「最近は人語を解するようになってきた」。性格はまったく対照的で、飼い主を「睥睨(へいげい)する深淵(しんえん)そのもの」のような「あじ」に対して、「ピン」は快楽を要求する「欲望のアマルガム」のような存在。
 飼い主の妻は双子の姉が自ら命を絶ち、悲しみの中にある。「あじ」は末期の腎不全にかかり、その闘病生活を見守る夫婦は「日常がいかに刻一刻と過ぎ去っていく切ないものか教えられる気がする」。そして「おでかけの感じが実在する」と気づく。「おでかけの感じ」は作品のタイトルにもなっているが、耳慣れない言葉だ。どんな感じなのか。
 「動物病院にでかけるところから『おでかけの感じ』という言葉は出てきたが、『あじ』にとって外にでかけることは『死』が待っていることでもある。しかし、家の中だけが内側だというのも幻想かもしれない。では内側と外側との境界とは何か。その境界を考えることは、生きることの困難さに対する突破口なのではないかと思う」
 「公と私、男と女、生と死、それぞれの境界が気になる。死ぬわけではないが、生きる外側に一歩でてみることで、自分との対話の中で対話の横にずれる瞬間のような、自分とのつながりをつながり直すことができる」
 作者の言葉は、観念が現実を追い越して疾走する荻世作品の世界そのものでもある。読者は、猫とともに「生の外側」に一歩踏み出せるかどうか。

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