苦悩の影に人類の希望 大江健三郎さん4年ぶりの小説

2013年11月05日

大江健三郎さん=郭允撮影

 大江健三郎さんが、4年ぶりの小説『晩年様式集(インレイトスタイル)』(講談社)を出した。東日本大震災と福島第一原発の事故というカタストロフィーに直面した小説家が、考え感じたことが真摯(しんし)に語られる。これまでの仕事の大きな締めくくりにもなる「特別な思いのある本」と話す。
 ■「私らは生き直すことができる」
 大江さんの分身といえる長江古義人(ちょうこうこぎと)が語り手となるシリーズをまとめ上げる6作目。さらに、知的障害を持つ息子の誕生から書き続けてきた私小説的な作品群の集大成でもあるという。
 私=長江は3・11の後、執筆途中だった小説に興味を失い、カタストロフィー(破滅的災害)の時代や世界、そして70代後半にさしかかった自分を見つめる文章を書き始める。その文と、妹や妻と娘による長江への反論文をあわせて、私家版の雑誌を作るという設定で、話が進んでいく。
 女たちが突きつける批判は容赦がない。〈家庭を基盤にして、個人的なことから社会的なことまで小説にして来た。(略)時どきそのこと自体を弁解したくなるのらしい〉という風に。息子との関係、亡くなった友人の描き方などにも鋭く切り込んでくる。
 それは、円熟を拒否する作家の姿勢につながる。「一人称で小説を書く人間が、どれだけ自分の目と自分の思い込みにたって作っているか。家内や妹、娘が向けてきた言葉を、いま差し迫った気持ちで思い返すのに始まり、老年の自分がよく見えてきた」
 脳障害を持つ子どもの誕生を描いた『個人的な体験』(1964年)は、何も表現できずに死ぬといわれた赤ん坊が何かを感じとっているような場面で終わる。『晩年様式集』もまた、厄災と苦悩の影に覆われながら、命をつなぐ人類の希望が感じられる。収録された詩の最後の部分を引用する。
 〈小さなものらに、老人は答えたい、/私は生き直すことができない。しかし/私らは生き直すことができる。〉
 ■晩年の仕事意識
 94年のノーベル文学賞受賞後、しばらく小説を休んだ。「大切に思っている人のことを中心に、評伝のような小説を書こう」と再開したのが『取り替え子(チェンジリング)』(00年)に始まる「長江連作」だ。5作目の『水死』では父の死がテーマだったが、この連作には死者がよく登場する。「死者の言葉をリアリティーのあるものとして表現することは、文学の根本の作業」と話す。
 本作でも仏文学者渡辺一夫、作曲家武満徹、劇作家井上ひさしら故人をモデルとする人物が顔を出す。「死者の森にいるような気がする」とも。映画監督伊丹十三の死について、しばしば考えてきたという。「不自然な死が起こるのではないかと不安に思いながら、若い頃から兄貴分の彼に積極的な話ができなかった。つぐない得ない記憶をいくつも担って生きていると感じる。それを表現することにもなる。晩年の仕事はそういうものかもしれない」
 ■反原発の活動も
 ノンフィクション『ヒロシマ・ノート』(65年)など一貫して「核状況」の危険を訴えてきた。福島の原発事故は、その作家にして「自分に弁護しようがないのは、五十数機の原発がある中で、大きい事故を人間は食い止められるという気持ちで暮らしてきたこと。その鈍感さ、中途半端さは救いようがありません」と言わせた。
 反原発のデモや集会に参加している。「福島は回復するでしょうが、私は放射線の克服には立ち会えそうにない年齢。しかしいま、何かに関わりたい。そういう市民のひとりです」
 (編集委員・吉村千彰)

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