福島の悲劇、希望に変えるため なぜ、第一原発「観光地化」か 東浩紀

2013年12月24日

東浩紀=郭允撮影

 福島第一原発を「観光」の核として生かそう――発表時から論議を呼んできた復興構想を、批評家の東浩紀が編著書『福島第一原発観光地化計画』=キーワード=にまとめた。東は以前、3・11後の課題は人々が「ばらばら」になってしまったことだと指摘していた。観光地化には、つながりを再生する狙いも込められていた。
 ■ばらばらになった社会 つながり再生する狙い
 「震災でぼくたちはばらばらになってしまった」と一昨年9月、東は書いた。低線量被曝(ひばく)の問題を例に、「考えれば考えるほど、ぼくたちは統計と数字の迷宮に囚(とら)われ、確率的な存在に変えられ、そして連帯を失っていく」と指摘している。放射能リスクにきしむ日本社会を映した言葉だった。
 昨年9月、東は「観光地化」のアイデアを公表する。
 なぜ観光地化なのか。
 「悲劇を希望に転換していくためです。僕たちは『あの悲劇があったからこそ今の新しい福島がある』という物語を作る努力をすべきなのだと思う」
 例に挙げるのは広島だ。「世界史に『ヒロシマ』として刻まれた街が、今は平和都市として確固たる位置を占める。悲劇を悲劇として終わらせるのではなく、『だからこそ自分たちは核廃絶運動の中心地になる』という物語を創出した結果でしょう」
 福島もまた今回、残念ながら世界中にその名を知られた。
 「チャンスとして生かすべきだと思う。福島には世界史的な『使命』が与えられたのだと受け止め、それを果たしていくべきだ」
 観光地化とは「世界中の人が行ってみたくなる場所にすること」だと東は説明する。「観光には、本来なら出会わなかった人たちを出会わせる力がある」
 3・11後の「やせ細った言説状況」を改善するための提言でもある、と語る。
 「原発推進派か脱原発派かをまず明らかにしないと話が始まりにくい状況が出来てしまった。原発の語り方を多様化する必要があると思う。この本は、イデオロギー論争から離れたところで『福島復興のための緩やかなネットワーク』を作りだす試みでもあります」
 福島には今も、原発事故が終わらず人々が故郷に戻れない現実がある。そんな時期に観光地化の話をする必要があるのだろうか。
 「チェルノブイリ博物館ができたのは事故の6年後だった。物理的な事故処理は大事だが、文化的な事故処理も要る。文化的な復興とは、事故をめぐる公共空間を再生させる作業のことだ」
 3・11後に見えたプラスの変化を尋ねると、「僕について言えば、この2年半で、話す相手の社会階層や所属がすごく多様になった」と答えた。「震災が起きたせいで、以前は関心が合わなかった人とも意見交換する必要が増えた。良いことだと思う」
 おや? 社会が「ばらばら」になってしまったと言ったのは東自身ではなかったか。
 「哲学者デリダが重視した概念として『パルタージュ』があります。一つのパンをばらばらに千切って皆が持っているような状態のことです。パンはばらばらになったし、それぞれ形も違う。でも元は一つ。その断片を皆が持っているので、コミュニケーションは取りうる。元が同じトラウマを皆がばらばらに持ったことは社会を再生させる希望でもあるのだ、と気付かされました」(塩倉裕)

 ◆キーワード
 <『福島第一原発観光地化計画』> 悲劇を未来に伝えるため、世界中の観光客に公開する形で事故跡地を保存・整備しよう、と訴える計画をまとめた本。事故の収束作業が今より進んでいるとの想定で、2036年以降の福島を構想した。原発から約20キロ離れた施設「Jヴィレッジ」を、3・11の歴史継承と観光のための拠点として再開発。訪問客はそこからバスに乗り、収束作業の続く原発跡地「サイトゼロ」を、専門家による放射線管理のもとで見学する計画だ。

福島第一原発観光地化計画 思想地図β vol.4-2

著者:東 浩紀、開沼 博、津田 大介、速水 健朗、藤村 龍至、清水 亮、梅沢 和木、井出 明、猪瀬 直樹、堀江 貴文、八谷 和彦、八束 はじめ、久田 将義、駒崎 弘樹、五十嵐 太郎、渡邉 英徳、石崎 芳行、上田 洋子、東 浩紀
出版社:ゲンロン

表紙画像

関連記事

ページトップへ戻る