皇帝フリードリッヒ二世に学ぶリーダー像 塩野七生さん

2013年12月25日

塩野七生さん=山本和生撮影

 「リーダーにとって必要な資質の第一は想像力である」と『君主論』でマキャベリは言った。この条件を満たす政治家が、800年前の南欧にいた。作家、塩野七生の『皇帝フリードリッヒ二世の生涯』(新潮社)は、中世ヨーロッパで新たな時代を切り開いた男の評伝だ。現代日本に問いかける、鮮烈なリーダー論でもある。
 神聖ローマ帝国の皇帝フリードリッヒ二世(1194~1250)。「好奇心旺盛で開けた精神の持ち主でありながら、信念は絶対に曲げない。この両義性が彼の魅力。いい男よね」。45年間あたためていたテーマ。心の準備が整うのを待ち、のぞんだという。
 中世キリスト教世界の固定観念に縛られることなく、政教分離の法治国家をつくりあげた。先見性の持ち主は、異教徒であっても能力があれば登用した。その合理性からローマ法王の怒りを買う。3度も破門されながら、十字軍遠征では無血で聖地を手にする。外交では巧みに手持ちのカードを見せ、悪賢さも備えていた。何人もの美女を愛人にしながら誰からも恨まれなかった、というエピソードもある。
 若き青年皇帝を支えたのは年長の部下たちだった。夢を共有する、そして徹底的に信頼し、徹底的にまかせる、という人材活用法は、シンプルで筋が通っている。ただ、自分ではリーダー論を書いているつもりはない。「そんなこと一つも考えない。いい男を生かすにはどう書くか、それだけ。人間のあるべき姿のひとつの例を書いている」
 遠慮のない伸びやかな筆は、いい男を輝かせると同時に、だめ男の悪さも浮き彫りにする。「暗い怨念をたぎらせていた」というローマ法王グレゴリウス九世は、「異端裁判所」の創設で歴史に悪名を残す。「自分の考えが正しいと信じている人にしか異端裁判所は作れない」と資料を読みながら感じた。「他者の声を聞かない。かたくなな人はアメリカでもイスラムでも日本でも増えている」
 資料だけではたどり着けない領域もある。「あくまでも私の想像」と前置きしたうえで大胆に踏み込む試みは楽しい。だが、「自分の想像力なんてたいしたことはない」という。可能な限り資料にあたり、ときには美術館の銅像をじっと見つめて考え込むことも。想像は最後のとりでだ。「私にとって、想像力とは、最後の打者を打ち取るときのためにとっておく直球のようなもの。乱用はしない」
 「歴史は声の大きかった人々によって書かれる」。キリスト教世界に嫌われたフリードリッヒは、西洋では分が悪かった。「向こうの価値観にあわせる必要もないのに、日本では誰も彼を研究しない。こんなに面白いのに誰も書かない。男たちを絡めている制約から、私は自由だから書けた。女は思うようにやったらいい」(中村真理子)

関連記事

ページトップへ戻る