「話題の作家」山下澄人 新作「砂漠ダンス」

2013年11月20日

作家・山下澄人

 舞台俳優で脚本家の山下澄人が初めて小説を発表したのは2011年、45歳の時。時間が行き来し、語り手が変幻するユニークな作風で、とたんに話題の“新人”に。12年に最初の単行本『緑のさる』で野間文芸新人賞を受賞。芥川賞候補にも2度なり、選考会では賛否両論があった。
 このほど刊行された『砂漠ダンス』(河出書房新社)の表題作(芥川賞候補)は、語り手の「わたし」が旅の前と後で分裂し、別の男の中にも出現する小説だ。実験的で難解とも言われる。演劇は富良野塾で学んだが、小説については「定型を知らないし、心理描写もわからない」と話す。
 説明は苦手という山下にあえてメールで質問し、答えてもらった。
 問 「一部ではなく全体を書きたい」と話していますが、「全体」とは?
 答 例えば、ある人間が何かしらの状態にあり、頭の中には様々なことが渦巻いているとして、その人間は、その様々な動きに気を取られてまわりが見えていません。しかし世界は常に激しく動いていて、その人間の体内では癌(がん)が育ちはじめているかもしれません。それとは別にこれまでのその人間の時間とこれからの時間が膨大にあり、同等の他者との関わりが並列に起こっています。不可能だとしても、それらの全部に常に思いを馳(は)せていたいと考えているのです。
 問 「今までにないものを書きたい」ともおっしゃっていました。
 答 今までにないものというのは、当たり前とされてきた「前提」によりかからないものともいえます。すべての前提を疑うこと。しかしそれを意識することはむつかしい。常にぼくの中にあるものを疑いながらでしか、これまでの外に出ることはできません。ぼくは外へ出たい。出なきゃやる必要がないとすら思っています。
 問 表現において小説と演劇はどう違いますか。
 答 そのときどちらに重心がかかっているかで、表出の方法が変わるだけです。たぶん表現方法の違いはこちらより、受ける側にあるのだと思います。むしろぼくはその違いの方に興味があります。
 問 「小説を書く理由」を教えてください。
 答 演劇にせよ小説にせよ、ただ「やりたい」「書きたい」という衝動だけが激しくあります。子供のときは暇があると画板を膝(ひざ)に置いて絵を描いていましたし、大人になってからはずっと何かを作るということに携わって来ました。だから理由などというものはひとつもなく、むしろ理由もなくこれからも禁止されたとしても書き続けるでしょうし、やり続けるのだろうと思います。

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