中国ムスリム、命がけの「共生」 中西竜也氏

2014年01月22日

アラビア語の「コーラン」注釈書を読む中西竜也氏

 200年後にも残っている本だろう――そう評されて昨年末サントリー学芸賞を受賞した単行本が、中西竜也著『中華と対話するイスラーム』(京都大学学術出版会)だ。中国国内の少数派である「中国ムスリム」はどのように「共生」を果たしてきたのか。10年がかりで掘り下げた力作だ。
 ムスリムとはイスラム教徒のこと。アジア各地から中国に移り住んで独自の共同体を作った。16世紀初頭には中国社会に根付いていたが、その後、邪教として異端視される事態も起き始めた。
 中西は37歳。東洋史学が専門で、京都大学特定助教を務めている。今回は、17世紀から19世紀までの歴史に光を当てた。「当時の彼らは、イスラム教の信仰は維持しつつも母語は忘れて漢語(中国語)を使うようになっていた。中国への『土着化』は果たしたけれど『同化』することはなく、独自の輪郭を形成していたのです」
 中国社会から「異端」とみなされるかどうかは、生死にかかわる問題だった。「邪教とみなされれば、権力による禁圧の対象になったから」と中西は話す。
 では中国ムスリムは、自らの信仰と中国文化との間に横たわる「溝」に、どのようにして橋をかけたのか。中西は中国各地のムスリム共同体を訪ね、イスラム教に関する古い資料を集めた。中国ムスリムたちによって漢語に翻訳された膨大な量の文献を、アラビア語やペルシャ語で書かれた原典と比較していった。
 「見えてきたのは、中国ムスリムたちが取り組んだ一種の思想的冒険でした」と中西は語る。彼らはイスラム教の教えを中国語に置き換えるだけでなく、中国の思想や法と衝突しないように教義を「再解釈」する作業も行っていたのだ。
 「イスラム教の『ルーフ(霊)』という概念を朱子学の『性』という語に置き換えたとき、翻訳者は、語の持つ意味までも転換させていました」。どちらも人間を人間たらしめる基盤的な概念だが、受け取る人によって異なる内実が想定される「ルーフ」に、すべての人に同じ可能性を保証する「性」の性格が付加されたのだという。「イスラムの教義を中国人にも理解できるものに近づけようとする『架橋』の試みでした」
 中西はそこに、多文化共生と文明間対話に向かう知恵を見た。「彼らは妥協を拒みつつも、中国社会に親和的な教義にしようという努力を重ねた。それは、固有性を失わないギリギリのところまで自らを『中国化』する作業だった。まさに論語の言う『和して同ぜず』ではないでしょうか」
 今後は、20世紀以降について調べたいという。「中国ムスリムの歴史、その全体像をつかみたい」

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