阪神大震災の悔い、今だからこそ 原田マハ「翔ぶ少女」

2014年01月22日

「大人だけでなく、子供にも読んでもらいたい」と語る原田マハさん=京都市中京区、滝沢美穂子撮影

 『楽園のカンヴァス』(山本周五郎賞)などで知られる作家、原田マハ(51)が、阪神大震災を扱った新作『翔(と)ぶ少女』(ポプラ社)を書いた。大学時代は関西に住み、震災が「簡単には書けないテーマとしてずっと心にあった」という原田の背を押したのは、東日本大震災だった。
 『翔ぶ少女』は、震災で両親を亡くした少女が主人公。同じく震災で妻を失った医師に支えられながら、神戸の復興の歩みとともに成長していく物語だ。
 東京生まれ。関西学院大に入り、兵庫県西宮市で5年間暮らした。東京で美術関連の仕事についていた32歳の時、テレビで見た変わり果てた街の姿に立ちすくんだ。次々に電話したが、つながらない。大学時代に住んだアパートが全壊し、そこに今も住む友人がかろうじて助かったと知り、震えが止まらなかった。
 2006年に作家デビューした後も、あのとき関西を離れていた自分が「何もできなかった」という悔いが、ずっと心にひっかかっていたという。そして11年の東日本大震災。それまで「軽々しいことは書けない」と二の足を踏んできた神戸の物語を、「今書くことが、東日本の人たちを励ますことにつながるのかもしれない」と腹を決めた。
 被害が大きかった神戸市長田区を訪ね、目につく商店にとびこんでは話を聞いた。「面識もない私に、みんな熱心に話してくれる。風化させたくないという気持ちを強く感じた」。岩手の仮設住宅も訪ね、物語中の仮設の描写に投影したが、遅々として進んでいない復興の遅さを実感したという。
 物語の序盤、震災で足を傷めた少女に、医師は語りかける。「前を向いて、歩いていくんや。ゆっくりでええ。ほかの子に、追い抜かれたってええんや」。そんな言葉に、傷ついた二つの土地の再生への願いを込めた。
 「作家にできるのは、苦しい人たちに少しでも元気を届けることだけ。子どもたちにも読んでほしい」(柏崎歓)

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