梨木香歩、新刊「海うそ」 喪失と向き合った20年

2014年06月10日

『海うそ』の舞台「遅島」の地図(著者作製)

「遅島」のモデルの一つ鹿児島県の「甑島(こしきじま)列島」の風景(著者撮影)

 『家守奇譚』や『裏庭』など、現実とこの世ならざるものとの交歓を描いてきた作家、梨木香歩。新作『海うそ』(岩波書店)は、南の島の豊かで厳しい自然を背景に、一人の青年と人の世が失ってきたものに思いをはせる小説だ。デビュー以来20年、「喪失と向き合ってきた過程」の作品だと言う。

 時代は昭和初期。地理学者の秋野は、現地調査のため南九州の「遅島」を訪れていた。主な研究対象は家屋の構造や、明治維新後に廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)で破壊にあった寺院の遺構だ。平家の落人伝説や民間信仰モノミミの謎にもひかれていく。来島前、秋野は婚約者や父母、恩師ら身近な人を相次いで亡くしていた。島と共鳴する喪失感。

 蜃気楼(しんきろう)(海うそ)が見える洋館でみつけた地図を頼りに、秋野は島を縦断する調査に踏み出す。地図には壊された寺院の跡が詳しく記されていた。館の元の主人は、かつて修行僧だったが、明治政府の意向で還俗(げんぞく)したのだ。そして「義憤と感傷を持って書き上げた」のが、この地図だった。

 梨木は「人生は、喪失することの連続で成り立っているようなもの」と話す。東日本大震災以降、それがより顕在化した。「家族友人、家屋敷、大切にしていた過去の写真もろとも、根こそぎ奪われた被災者の方々の喪失感。津波の映像を見ながら、自分もそこにあって、運命をともにしているように思いました。この喪失感は、もっと大きな単位につながるものでもある、と思うようにも」

 最初の単行本『西の魔女が死んだ』(1994年)は、祖母を失ったことから語られる。母から子へ「連綿とつながるもの」もテーマだった。「メビウスの環(わ)のように『喪失』という概念が裏打ちされていた気がします」

 それから20年後に刊行された『海うそ』。多雨の山岳島で修験道が栄えた遅島は、南九州に何度も通ってイメージを創った。「私自身の『内なる故郷』を再建する仕事でもありました。故郷の鹿児島は修験道が盛んだったのに、廃仏毀釈で千以上の寺院を壊滅させた。すさまじい文化の喪失です。そんなことは何も知らされずに育った。あらかじめ大切な何かを喪失していた風土だった」

 物語の終盤、50年後に、秋野は遅島を再訪する。山が崩され、開発が進んでいた。いつの時代もおそれを知らない人たちがいる。「かつて在り、今はない」ものに思いをはせる秋野の前に現れたものは……。

 「主人公にとっては、遅島が、ある意味で心の故郷だったんですね。故郷というものは、大地震という衝撃的な形でなくとも、年齢を重ねるごとに侵食され、失われていく。ほんとうは過去にしかないもの。だから、いくら外側だけ復興させても、内なる故郷のイメージの再建に取り組まなければ、本当の意味で、自分の生を取り戻せないのではないか。失われているのは、自分の『生』の土台そのものなのだから」(編集委員・吉村千彰)

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