負け続けの武将に人生重ねて 仁志耕一郎が新刊「とんぼさま」

2014年06月20日

仁志耕一郎

 家臣に裏切られ、いくさは連戦連敗、先祖代々の領地は奪われる。仁志耕一郎(59)の新刊『とんぼさま』(幻冬舎)は、歴史小説のヒーローとはほど遠い武将が主人公だ。広告マンとして行き詰まり、作家に転身して15年。曲折があった自身の人生を重ねている。
 「いまは勝ち負けの厳しい世の中ですが、負けたっていいじゃない。そんな人生の応援歌を書きたかった」。題材に選んだのは信州・松本に本拠地を持つ戦国武将の小笠原長時。隣国の武田信玄から執拗(しつよう)に戦を仕掛けられ、ついには領土を奪われてしまう。諸国の武将に雇われの身になって生きながらえたものの、最後は逆心を抱いた家臣のやりにたおれた。一方で、礼儀作法の流派として名高い「小笠原流」を継承した功績もある。
 「武将だって、信玄や謙信のように優秀な人ばかりじゃなかったはず。龍や虎ではなく、鶴や亀がいたっていい」。あえて、負け続けの人生を送った人物に光を当てたのには理由がある。
 元々は名うての広告マン。絶頂期には有名企業の広告も手がけたが、独立後、行き詰まった。会社を畳み、一念発起して作家を志した。ミステリーや恋愛小説などジャンルを問わず書き散らしたが、新人賞は落選続き。「若さや体力も失われて、社会からは『ご退場願います』。つらかったですね」
 照準を絞った歴史小説でついに好機が来た。2年前、戦国時代に治水事業に励んだ武田家家臣の雨宮軍兵衛を描いた『無名の虎』で朝日時代小説大賞を受賞。同年、他の作品で別の新人賞も射止め、デビューを果たした。気づけば13年が経っていた。
 弱肉強食の世に負け続けた長時は、家に伝わる礼法の継承に天命を見いだす。戸の開け閉めや畳のへりを避ける歩き方、小笠原家流の作法は、私たちの振る舞い方のどこかに今も生きている。
 「もし長時がいくさに勝っていたら、いくさを続ける日常が続いたでしょう。負けたから、心の位を悟ることができた。全てを奪われたのは、これを得るためだったのだと気づけたんじゃないでしょうか」
 毎朝4時に起きて、1日10時間は机に向かう。「遅咲きですけど、60歳までには書店の棚にこれくらいは(自身の著作を)並べたいですね」。両手で20センチくらいの幅をつくって、笑った。

関連記事

ページトップへ戻る