養老孟司『「自分」の壁』発表 登園拒否体験から着想

2014年07月01日

早坂元興撮影

 2003年の大ヒット作『バカの壁』で知られる解剖学者・養老孟司(76)が新著『「自分」の壁』(新潮新書)を発表した。「壁」シリーズとしては8年ぶり、4冊目。今なぜ「自分」なのか。
 『バカの壁』は437万部、04年の『死の壁』は79万部、06年の『超バカの壁』も63万部を記録している。今回、自分というテーマを意識したきっかけとして新著では、幼少時の「登園拒否」の体験を挙げた。自分が休んだことを周囲がどう見るか、と考えたら動けなくなったという。世間の規範との折り合いが悪かったのだ。
 「明確な規範であれば反発できたかもしれません。でも世間とは、無意識に共有されているルールのことだった」
 大人になって大事に思えてきたのは「周囲や他者との関係性があってこその自分」という考え方だ。「あらかじめ個人というものが存在しているとする欧米流の考え方」とは異なるが、「個が世間や家の中に溶け込まされてしまっている状態」とも違う。そんな自分を具体的にどうイメージするかについて、カーナビなどの案内地図の中に表示される「矢印」のようなものだ、と記した。
 「現在地が分からなければカーナビは成り立たないから、矢印の存在は欠かせません。ただし矢印をいくら眺めてもそれ自体に特段の中身があるわけではない。だから『自分探し』や『個の確立』に一生懸命になるべきではないのです。周りがあっての自分だと考えて、世間と向き合い、つぶされそうになっても残る何か。それが自分なのでは?」
 幼少時に戦前の「極端な滅私奉公」をたたき込まれた。敗戦後は「極端な反封建化と個人化」に直面させられた。そんな個人史に由来した問いに答えを出せた感もある、と話した。
 他の「壁」シリーズと同様、時事的・社会的な話題も多く盛り込んだ。
 なぜ3・11の原発事故前に安全対策ができなかったのかについて、「原発を政治問題化させてしまったから」だと指摘した。「推進派と反対派が敵・味方に分かれ、それぞれが政治的立場から『相手を利することは言うまい』とする方向に進んでしまった。互いに正しい情報を出しあって『今より安全な原発』を目指す議論が必要だったのに」
 投票すれば社会が変わるという発想を批判し、「選挙はおまじない」とも書いた。報道では連日、国政選挙での勝利を力に安倍政権が大きな政策変更をしていると伝えられるが、「僕は大して気にしていない」と語る。
 「安倍さんが何を言ったって今の若者は特攻に行ったりしないし、教育を大きく変えるのは教師と生徒であって、教育基本法の変更ではない。その意味で僕は、ものすごく民主主義者です」
 人口減と地方集落の消滅についてもユニークな提言をした。「参勤交代」だ。
 「都市生活者が毎年2カ月ずつ、仕事を休んで地方で暮らしたら、日本は変わりますよ。都市の雇用には空きができ、地方の消費も増える。人口減少が心配なら、その分、動けばいいのです」
 (編集委員・塩倉裕)

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