しがみつく集団心理描く 吉村萬壱、意欲の新刊「ボラード病」

2014年07月08日

吉村萬壱=大阪市北区、滝沢美穂子撮影

 原発が登場するわけでも、津波が来るわけでもない。けれどあの震災以降の社会を、連想せずにいられない。作家・吉村萬壱(まんいち)の『ボラード病』(文芸春秋)は、避難先から住民が戻った架空の町が舞台。信じたいものにしがみつく集団心理の怖さを、徹底的に増幅してあぶり出す。
 一見何の変哲もない、海辺の町に住む母と娘の物語。だが徐々に、微妙な違和感が迫ってくる。
 娘が通う小学校では、「二度とふるさとを手放したくない」「心を一つにして頑張っていきたい」と発言できないと、座らせてもらえない。地元産の魚や野菜を、誰もがことさらにおいしいと言う。
 声を合わせて町の名を歌い、そんな空気になじめない者は、いつしか姿を消していく。「極限状態から逃れられないとき、人間はどうなるのか。一種の寓話(ぐうわ)として書こうとした」
 タイトルの「ボラード」とは、港に船をつなぎとめるための鉄の柱。ある種のよりどころにしがみつこうとする心理を象徴している。「目の前にとんでもないものが存在していても、全員が無いと主張すればそれは消えてしまうのです。それが人間」。そんな言葉が、小説の中だけの絵空事とは思えない切迫感を伴って響く。
 2003年の芥川賞受賞作「ハリガネムシ」では、人間の営みがはらむ狂気を、強烈な暴力や性の描写を交えて表現した。今回は終始淡々と物語が進むが、その分ひんやりとした怖さがある。「書きたいものは変わらない。ことさらに気持ち悪いものを書かなくても、人間という集団の不気味さは伝わる」
 大阪府在住。20年以上務めた支援学校教諭を、昨年辞めた。「先生はたくさんいるけど、作家・吉村萬壱は一人やから」。その言葉に恥じない意欲作だ。
 (柏崎歓)

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