原田医師しのび課題図書に 水俣病一筋「よかたい先生」

2014年07月25日

原田正純医師

「よかたい先生」を書いた三枝三七子さん=熊本市中央区

 水俣病の研究や患者支援に尽くした原田正純医師の死去から2年。その足跡や人柄を伝える児童向けの本が出版され、この夏の読書感想文コンクールの課題図書になっている。水俣病に関わり続けたわけを「見てしまった責任」と語っていた原田さんの生き方を通じて、見失いがちな大切なことを執筆者は問いかける。

 原田さんは、公害病や炭鉱事故など、戦後の高度経済成長の負の側面に目を向けた。被害者の声に耳を傾け、「現場」に学ぶ態度を貫いた。2012年6月、77歳で死去した。

 絵本作家の三枝三七子(みえだみなこ)さん(47)=長野県=が文章と挿絵を描いた「よかたい先生 水俣から世界を見続けた医師―原田正純」(学研教育出版)は、青少年読書感想文全国コンクール(全国学校図書館協議会など主催)の小学校中学年の部の課題図書になった。生前の聞きとりなどを元に、原田さんの「一人語り」の文体で、生い立ちや水俣病の歴史をつづっている。

 原田さんは研究人生の大半を過ごした熊本大では、助教授のまま64歳で退官。水俣病の患者認定の範囲を狭くとらえた医学部の主流派に対し、被害の実情をありのまま捉えようとしたことが響いたといわれる。

 三枝さんが原田さんに初めて会ったのは07年。水俣病を題材にした絵本をかくための取材が目的だったが、そんな歩みを知り、原田さんという人物にひかれたという。「大学で冷遇されても、その意思は変わらなかった。自分の立場が悪くなっても、正しいと思ったことを貫ける人がいたことを、子どもたちに知ってほしい」

 原田さんとの出会いは、三枝さんにとっても「人としてどうあるべきか」を自らに問うきっかけになったという。福島第一原発事故後、「誰かの犠牲の上に成り立つ繁栄」に疑問を深め、水俣病の歴史を重ね合わせた。「知ろうとせず、見ようとしない態度が、そんな『繁栄』を許した。まず知ることが大切です」

 全国学習塾協会主催の全国読書作文コンクール対象図書(小学生・中学生の部共通)に選ばれたのは、「患者さんが教えてくれた 水俣病と原田正純先生」(フレーベル館)。原田さんが亡くなる直前まで取材した朝日新聞の外尾誠記者(42)が執筆した。

 何度も現場に足を運び、実態に迫った原田さんの姿に、外尾記者は「現場で学ぶ大切さ」を改めて考えたという。公式確認から58年を経ても解決には遠い水俣病の現状と、「水俣病は終わっていない」と訴えた原田さんの思いを描いた。「原田さんも壁にぶつかった経験があった。失敗を真摯(しんし)に受けとめて教訓として生かすこと、立ち向かうことの大切さを感じてもらえたら」

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