「紅楼夢」に夢中、新訳に15年 丁寧な注、登場人物わかりやすく 井波陵一・京大教授

2014年08月05日

「『紅楼夢』は人と人の関係性を根底から描いた作品」=京都市左京区

 中国長編小説の金字塔といわれる「紅楼夢(こうろうむ)」(曹雪芹〈そうせつきん〉著)の新訳(岩波書店、全7冊)を、井波陵一(いなみりょういち)・京都大人文科学研究所教授(61)=中国文学=が完成させた。本格的に訳し始めてから約15年。天上世界から栄華を極める名門大家族の御曹司に生まれ変わった少年・賈宝玉(かほうぎょく)と林黛玉(りんたいぎょく)ら美少女たちが繰り広げる全120話のドラマを読みやすく訳し、丁寧な注を付けた。

 1969年、ラ・サール高校(鹿児島市)2年の夏休み、「紅楼夢」に初めて接した。2学期には時間の許す限り読みふけり、他のことが何も手につかなくなったという。「紅楼夢」を原文で読みたくて京都大で中国文学を専攻。この作品の魅力にとりつかれた人を「紅迷(ホンミー)」というが、まさに日本の「紅迷」となった。「40年以上、夢中になって読んできた作品を全訳できてうれしい」
 日本では60~80年代に出版された中国文学研究者の伊藤漱平や松枝茂夫の翻訳が有名だが、井波の新訳は読みどころや主要な登場人物をわかりやすく紹介し、作品理解を深める注を充実させるなど、初めての読者にも読みやすく工夫した。
 「『紅楼夢』の最大の魅力は、複雑な人間関係を緻密(ちみつ)に描いていること。作家の陳舜臣さんによれば、大家族だった陳さんの家では食卓に出た一匹の大きな魚を見て、自分はこの魚のどの辺を食べるかを家族それぞれが瞬時に把握したそうです。中国の人々は集団の中での自分の位置づけを絶えず考えています」
 たとえば召使が主人に伝言する場合でも、その伝言を頼んだのが長老であれば、主人は風邪をひいて寝込んでいたとしても、起き上がって伝言を聞かなければならないという。「中国の人々は『紅楼夢』を読めば政治がわかると言います。政治とは人間の関係性そのものだからです」
 翻訳で最も苦労したのは会話の文章だという。少女もいれば、おばあさんも、ろくでなしの男もいる。研究室で一人芝居をしてみたり、道を歩いたりしながら、いろいろな言葉をつぶやいた。「やってられないわ」「あんた、宝玉さまの何なのさ?」など、ヒット曲の影響を受けて訳したせりふもある。「翻訳は訳者の生きてきた時代の反映でもあります」
 妻で中国文学研究者の井波律子・国際日本文化研究センター名誉教授から「翻訳が完結してよかったね」と、しみじみ言われたという。「一番身近で見ていたので、心からねぎらってくれました」

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