震災で気づいた「有限」の未来 文芸評論家・加藤典洋氏

2014年09月09日

加藤典洋氏

 東日本大震災であらわになった社会の変化を受け止め、私たちは、どのような生き方をするべきか――。『敗戦後論』などで知られる文芸評論家の加藤典洋さんが新しい価値観を模索する『人類が永遠に続くのではないとしたら』(新潮社)を刊行した。未来は「有限性」と共にあるという加藤さんに聞いた。
 ■「怒りの空振り」
 執筆のきっかけは「怒りの空振り」だと話す。原発事故の直後から、「国や東電の責任は重大だが、責任を取り切れるのか。このままではいけないが、具体的にどうすればいいのか。実は正解はないと、うすうす気づいていたんです」。
 そんな時、福島第一原発の損害賠償保険の契約更新を、保険会社が拒否したという記事を読んだ。
 「保険は事故が起きた時にこそ機能するべきなのに、責任を負えないとは。経済システムの崩壊で、世界に例を見ないことがこの日本で起こっている。この現実を抜きにして、今後の世界を語れないと思いました」
 見田宗介氏ら東西の社会学者や哲学者の、多くの視座から、「有限性」という考え方にたどり着く。
 1960年代ごろから、公害による環境破壊や、エネルギー資源に限りがあることは指摘されてきた。「人間の活動は無限という考えがあったが、みんな技術革新の限界をなんとなく感じていて、原発事故がそれを明白にした。もはや、産業技術を含めた人間の活動すべてが有限、つまり人類も永遠ではなく有限と考えるべきでしょう」
 エコ的に生きようとしたら「我慢」の文字がちらつく。しかし、「人はパンだけで生きるのではない。楽しいことがないと生きていけないし、欲望を満たしたいもの」。では、禁欲せず、どうやって有限性と付き合っていくのか。
 ■限界楽しむ発想
 一例としてソニーのウォークマン開発を挙げる。どこでも高音質の音楽を楽しみたいという発想から生まれ、録音機能を切り捨てて、聞く「歓(よろこ)び」を重視した。そこに、限界を楽しむ発想を見る。
 さらに、「~できる」と一方向に拡大してゆく自由ではなく、「~できるけれどしないこともできる」という自由も選択できるはずだと思考は展開していく。
 「莫大(ばくだい)な富を得られるのに、自由参加型のOS『リナックス』を無料で公開したリーナス・トーバルズは、アップルのスティーブ・ジョブズやマイクロソフトのビル・ゲイツよりかっこいいと思いませんか。新しい価値観と希望を感じるのです」
 気がかりなのは震災以降、人々が感動しやすくなっていること。例えば、ベストセラー『永遠の0』。太平洋戦争末期に特攻隊員として死んだ祖父の人生を孫たちがたどっていく、感動的な反戦小説だ。作者の百田尚樹氏は憲法改正と軍隊創設が持論だ。しかし、原作には「できるだけイデオロギーを入れなかった」と、朝日新聞デジタル上の山崎貴監督との対談で語っている。
 「イデオロギーがカセットボンベのように着脱可能になっていることがある。何かを見たり読んだりして感動しても、作り手は、その感動につながるような考え方を持っていないかもしれません。その可能性を頭の片隅に置き、涙する自分と冷静な自分を切り離すことが必要になってきました」
 ■極限から人間像
 太平洋戦争時に特攻隊員だった作家の吉田満と島尾敏雄の対談(『特攻体験と戦後』)にも触れた。島尾は特攻体験で人が「歪(ゆが)む」と言う。吉田は、敗戦直前は歪みを受け入れ、「その中からなにかを引き出すほかはない」という追い詰められた感じがあったとふり返る。その極限からきれいな人間像が出てくることがある、と島尾。「怖いような気がします」「それに惑わされないで」とも言っている。
 「頑張ろうニッポンって嫌だな、と言ったら反発されたことがあります。同調作用は、社会の許容範囲を狭くするばかりです。個としての感情をしっかりと持つことがなにより大切だと思います」
 (編集委員・吉村千彰)
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 かとう・のりひろ 1948年、山形県生まれ。著書に『アメリカの影』『小説の未来』『村上春樹の短編を英語で読む1979~2011』など。

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