ノーベル文学賞をめぐる潮流を語り合う 鴻巣さんと辛島さんが対談

2014年10月14日

ネット中継されたノーベル文学賞の発表を見守る鴻巣友季子さん(左)と辛島デイヴィッドさん=上田潤撮影

翻訳家の鴻巣友季子さん

早稲田大講師の辛島デイヴィッドさん

 今年のノーベル文学賞は、フランスのパトリック・モディアノに決まった。例年、有力候補にあがる村上春樹をはじめ、日本の文学はいま、世界にどのように受け入れられているのか。翻訳家の鴻巣友季子さんと、日本の現代文学の英訳を手がける早稲田大講師の辛島デイヴィッドさんに語り合ってもらった。(司会は鈴木繁・編集委員)

 ――ノーベル文学賞に決まったモディアノはどんな作家ですか。

 鴻巣 1975年の『パリ環状通り』から『イヴォンヌの香り』『八月の日曜日』など、日本でも多くの翻訳書が出ています。堀江敏幸さんや平中悠一さんら作家も訳しているのは、文体に特徴があり難物なので、挑みがいがあるのでしょう。

 辛島 選考委員の多くがフランス語を読めるので、彼のような文体で勝負する作家には有利。文体の特異性まで翻訳するのは難しいので。

 鴻巣 日本の小説は、素晴らしい文章でも主語と動詞の関係がわかりにくく、訳すのが難しい。翻訳作業としては、難物の部類に入ります。

 ■個々の作家に注目

 ――有力候補として、毎年名前が挙がる村上春樹ですが、彼によって日本文学の世界への広がり方は変化しましたか。

 辛島 英語圏で顕著ですが、村上作品を手がける出版社が吉田修一さんや桐野夏生さんなど日本人作家の本を出しています。小川洋子さんや川上弘美さん、中村文則さんらが外国の文学賞の候補にもなっている。文芸誌でも日本特集が組まれ、村田沙耶香さん、星野智幸さん、本谷有希子さんらの作品が注目されている。日本文学の輸入ではなく、あくまで個々の作家の、この作品を売り出そうという意識があります。

 鴻巣 まず90年代初期から、よしもとばななさんがイタリアで評価された。「日本文学=三島、谷崎、川端」という壁が崩れ、村上作品が受け入れられやすい土壌ができた。

 翻訳文学を受容してこなかったアメリカ自体の意識の変化もあります。原因の一つに考えられるのが9・11。あの経験でアメリカは初めて、自国の外には言葉も通じず、もしかしたら敵になるかもしれない人々がいることに気付いた。初めて脅威を感じ、他国を知るために翻訳を必要とした。そんな潮流が生まれているのをひしひしと感じます。

 ■近年は短編を評価

 ――英語圏では村上作品はどう読まれていますか。

 鴻巣 もはや現代文学のスタンダード。自身ではなし得ない新しい文体を、英訳で獲得したのが強み。

 辛島 97年に『ねじまき鳥クロニクル』の英語版が出て最初の波が来た。2005年に『海辺のカフカ』がニューヨーク・タイムズのベスト10に選ばれ、翌年カフカ賞を受賞し、ノーベル文学賞への期待が高まった。11年には『1Q84』が出版前から多くの人に待たれ、何十万部のベストセラーになりました。

 鴻巣 ただ、賛否は分かれた。最新長編『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は思索的だとおおむね好評のようです。少しノーベル賞方向に舵(かじ)を切ったかも?(笑)

 辛島 村上春樹は意外に英語圏の文学賞をとっていないんです。翻訳文学だから対象にならない。でも、ノーベル賞は翻訳文学を対象とすることで、国や同じ言語圏の中だけでつながってきた文学賞の壁を取り払い、歴史と実績を積み重ねてきた。

 ――英語圏ではどれが村上春樹の最高傑作と評価されていますか。

 辛島 たとえば書評を追っていくと、『ねじまき鳥』と『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』が引き合いに出されて批評されることが多い。村上作品の基準になっていると言える。個人的には、短編の評価が高いと思っています。『ねじまき鳥』は短編を集めた長編だと見る人も少なくない。昨年のノーベル賞受賞のアリス・マンローしかり、文芸批評の国際的な潮流では、ここ1、2年、短編の評価が見直されている。ウェブメディアで扱いやすいのも理由でしょう。

 鴻巣 ネット時代になって読者が読みやすいのは短編。一方で超大作も人気。二極化が起きています。

 ■売り込む人材弱い

 ――世界的に見て、自国以外の読者層の広がりがありますが、非英語圏の英語圏への売り込み方は変わってきていますか。

 鴻巣 12年に文化庁の「現代日本文学翻訳・普及事業(JLPP)」が廃止されたのは由々しきこと。「民間で十分翻訳されているのでは」という意見が通ったそうですが、現状はまだまだです。

 辛島 スペインやオランダ、フィンランドなど欧州各国には、自国の本を世界に売り込む専門的な組織もあり何十年もの実績を持つ人材もいる。先進国の中で日本の取り組みは不思議なくらい弱い。でもインターネットの普及もあり、小規模な取り組みが自然に広まっている。

 鴻巣 SNSの発達で、ニーズを見定めた小規模部数の出版が成立しています。とはいえ日本は今、翻訳書の勢いが弱まり、90年代の『ワイルド・スワン』や『マディソン郡の橋』のような、ベストセラーが相次いだというパワーはなくなった。

 辛島 日本文学はこれまで、アジア以外では英語圏やフランス語圏を通じて世界に輸出された。多くは公的支援を得るか、日本研究の学者によって翻訳されたが、村上作品はどちらでもなく、訳者と編集者の小さなネットワークと、読者の後押しによって広まっていった。そういう意味でも先駆者といえます。

 ――海外では最近文芸フェスティバルが盛んと聞きます。

 鴻巣 村上さんは海外の文芸サークルに自ら入っていきました。国の支援が弱いぶん、書き手は通訳付きでも飛び込んでいくべきかと。

 辛島 柴田元幸さんが責任編集をした文芸誌では、執筆陣の古川日出男さんや小野正嗣さんらが自ら海外の宣伝イベントに参加する。作家も村上春樹さんに学んで、積極的に動き始めている印象を受けます。
 (構成・宇佐美貴子)
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 こうのす・ゆきこ 翻訳家・文芸評論家 1963年生まれ。『本の森 翻訳の泉』など。クッツェー、アトウッドなどを翻訳。
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 からしま・デイヴィッド 1979年生まれ。早大講師。著書に、小説『神村企画』。金原ひとみ、山田太一の作品などを英訳。

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