鎖国に映す、日本の現実 独在住の多和田葉子、小説集「献灯使」

2014年11月25日

多和田葉子

 大災害が起きた後、人々はどう暮らしていくのか――。ドイツ在住の作家・多和田葉子が、小説集『献灯使(けんとうし)』(講談社)でさまざまな「日本」を描き出した。人と人とのつながり、いとおしいと思う心、世代をつなぐこと。破壊と喪失の後に立ち現れる人々の営みに、新しい社会への希望が見える。

 ■被災者との出会いがきっかけ

 表題作「献灯使」での日本は鎖国中だ。東京23区は「長く住んでいると複合的な危険にさらされる地区」、本州中心部は異常気象が甚だしい。老人はいつまでも働き続け、子どもはみな病人で痛みが当たり前になっている。

 100歳を過ぎた作家の義郎は、ひ孫の無名(むめい)と「東京の西域」に住む。妻は独立児童(孤児)の施設を運営、娘夫婦は沖縄に「移民」として受け入れられ、農園に就職した。孫は蒸発し、その妻は無名を産んで死んだ。

 それでも無名は幸せだ。義郎に愛情を注がれ、教師や医師にも恵まれている。電力不足で物はないが、人が助け合いながら暮らしている。やがて、少年になった無名は、ひそかに大陸に派遣される「献灯使」として白羽の矢を立てられる。

 これまで、ドイツが舞台で犯罪をテーマにした『雲をつかむ話』やホッキョクグマを主人公にした『雪の練習生』など、時空を行き来し、幻想性のある作品を発表してきた多和田。「家族小説は初めて」という。きっかけは昨夏、福島県いわき市で浪江町などから避難した人々に会ったことだ。被災者の生活を撮影しているフランス人写真家の紹介だった。

 みんな、警戒区域内の自宅から遠くに離れたくないと話した。県内でも地域が違うと文化が違う。今の仕事とも家族とも離れたくない。お墓の問題もある。

 「国土が狭い日本で土地を汚してはいけないと痛感した。土着の人こそが、その土地を人が住める土地にしている。必然的に家族、しかも4世代の話になった」

 日常に現れる危険にも衝撃を受けた。子どもは長く外にいてはいけない。放射線量の高い土や道ばたの草は注意の対象に。「外出も砂遊びも草花も危ないという前提で育つことになる」

 ひきこもり。体力低下。長寿社会。内向き思考。食物への不安。「描いたことは現実が元になっています。作家も政治家も、何かを創る人間はビジョンを示すことが大切。無意識な人が問題を意識するように」

 「献灯使」では、政府の実態や政策決定の過程があいまいで、滑稽でもあり不気味でもある。「日本ではさして重要ではないことに議論が起きますよね。一方で、集団的自衛権や特定秘密保護法など、大勢が反対しているのに通っちゃう」

 グローバルな競争から守られた鎖国は一種のユートピアでもある。だが、「鎖国状態が終わり新しい時代が始まることは日本史が示しています。開かれていく時代とはどういうものか。そんな思いも込めました」

 表題作の他、勢いで論客になった政治家が身分を偽って難民になる「彼岸」など全5編を収録。漢字の分解や造語の言葉遊びなど、多和田文学の魅力もたっぷりだ。

 「言葉をフル回転して考えたり書いたりすることで、脳みそに明かりがつくような状態になる。大変な問題や不安はある。でも、読むことで考え、考える活力によって気分が明るくなればいいなと思います」
(編集委員・吉村千彰)

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