勝負の波、乗って溺れる 沢木耕太郎「波の音が消えるまで」

2014年11月25日

早坂元興撮影

 あるはずのないバカラの必勝法を追い求めて魔界を分け入っていく青年を描いた沢木耕太郎の長編小説『波の音が消えるまで』(新潮社)が刊行された。行く先に待っているのは「破滅」だとわかっていても、勝負の「波」に乗り、「波」に投げ出されて溺れていく。その果てに見たものは何だったのか。

 ■自身の経験投影
 実は沢木自身、40年前、旅の途中のマカオでカジノゲームをしている。その時の気持ちを『深夜特急』にこう記した。「推理し、賭け、結果を待つ。そんな単純なことがこれほど面白いとは思ってもいなかった」

 その後は勝負事には全く縁がなかったが二十数年前、再びマカオでバカラをした。「バカラに自分を発見されたというか、こんなに面白いものがあるのかと思った。好きだった旅もスポーツも映画も仕事になってしまったので、趣味と言えるのはかろうじてバカラだけ。その究極のテーマが必勝法の発見」。その魅力は「自分自身の深い井戸をのぞきこむように勝負していく。まるで人工的に整えられた雪の庭園で自分が選んだ一歩一歩を雪の上に記して行くようなもの。誰に命令されたわけでもなく自分が純粋に選んだ道は現実の世界ではありえず、とても美しい足跡だ」。

 元サーファーでカメラマンの主人公、航平もまたバリ島からの帰国途上のマカオでバカラをするうちに「久しぶりに熱くなることができるものを見つけられたのかもしれない」と感じる。謎の老人と出会い、その跡を追うようにして必勝法に迫っていく。

 ■監督との出会い
 小説は、映画監督ウェイン・ワンとの出会いから生まれた。本紙連載の映画コラム「銀の街から」でワン監督の「千年の祈り」をとりあげたところ連絡があり、5年前、東京で会った。最近の仕事について聞かれ、たまたまマカオでバカラをしてきたばかりだったので「話の勢いでバカラを物語にしたい」と伝え、若者と老人の出会いのシーンを話したところ「映画になっている。シナリオにしてほしい」と依頼された。しかし、「シナリオは書けないので」と小説を書き始めた。「監督に話した分だけでも骨格はできていたので、すぐに完成すると思った」。1年後、監督から問い合わせがあり、その後も1年ごとに連絡が来たが結局、5年かかった。

 小説では「波」が重要なキーワードになっている。元サーファーの航平にはハワイのノースショアーで乗り切れずに大けがをしたビッグウェーブがあった。バカラの勝負を記録した表のパターンを見て「岸辺に打ち寄せてくる波のようではないか」と気づき、「海の波」と「バカラの波」が航平のなかでシンクロする。

 執筆の途中で題名となる「波の音が消えるまで」という言葉が浮かんだ。「柴田錬三郎の『チャンスは三度ある』を読んだとき、最後にタイトルの意味が納得できて感動した。そんな小説を書きたかった。自分でも意味がわからないまま『波の音が消えるまで』というタイトルに向かって後半は書いていた」
 航平が最後に見たものは何だったのか。

 「僕には果ての果てまで行きたいという感覚がある。それは地理的な果てもあれば、芸やスポーツの道を究めた果てでもあり、作品でも取りあげてきた。バカラの台の上でも果ての果てには、一種の夢のような不思議な風景が見えるかもしれない。僕は見ていないので、代理で航平に行ってもらった」
(都築和人)

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