作家7人が「関ケ原」競作、長編に 歴史小説の今を語る

2014年12月09日

『決戦!関ケ原』で競作した、左から伊東潤、冲方丁、葉室麟=堀英治撮影

 戦国時代に終止符を打ち、歴史を大きく動かした関ケ原の合戦。7人の現代作家がそれぞれの武将の視点に立って書き下ろした競作長編『決戦!関ケ原』(講談社)が出た。主要な登場人物を担当した伊東潤(徳川家康)、葉室麟(はむろりん、石田三成)、冲方丁(うぶかたとう、小早川秀秋)の人気作家3人が、関ケ原の魅力、歴史小説の今について語り合った。

■作家たちの「団体戦」

 ――書き下ろしで競作するというめずらしい企画です。発端は?

 伊東 本というのは1人の作家が出す個人戦ですが、出版不況の時代に何か違ったことができないかと思って3、4年前に「団体戦をやろうよ」と提案したことがありました。それぞれの作家がブースを設けた展示会みたいなものですね。別の作品を手にとってもらえる導火線にもなればと思います。ただ、固定読者がいる作家にとってはリターンよりリスクもありそうですね。その意味でハイリスク・ローリターンの葉室さんに引き受けていただけるとは(笑)。

 葉室 いやいや、僕は基本的にはオファーを受けたら引き受けますから(笑)。やってみて面白かったのは、誰がどの武将を書くか、どう書いてくるかが分からなかったので、私自身が関ケ原に出て行くような臨場感があったことですね。伊東さんのことだから奇策は打ってくるだろうと思い、三成の気分で策を練りました。関ケ原というのは司馬遼太郎が書いたように群像劇としての面白さがあり、その中に自分を投影する読み方が出来る題材です。それを複数の作家が書くことでよりそのキャラクターが際だつ。作家同士の個性が、実際の関ケ原のようにぶつかりあう。その緊張感を読んでいただけたらうれしいです。

 冲方 関ケ原をめぐる史実は諸説あるんですが、残りの方々が僕とは違う説に立った方向で書かれたらどうしようという緊張感はありましたね。ただ、逆にお互いの意見が食い違うのも含めてその人物像になると思ったので、あまり肩に力を入れすぎず、思い切って秀秋という若者の存在に託して書きました。

■3氏、初めての「関ケ原」

 ――伊東さんは、関ケ原前夜に、家康と三成の間に密約があったのではないかという奇説を採用しています。

 伊東 僕は歴史小説を書くときにいつも「史実の範囲で最もあり得ない設定で書く」というのを心がけています。『峠越え』は本能寺の変の真犯人は信長ではないかという前提で書きましたし、今回は家康と三成が手を組んでたんじゃないかという前提で書き始めたら、いろんな史実とうまく整合性がとれたんです。

 ――葉室さんは、負けを承知で打って出た三成の心の機微に焦点をあてました。

 葉室 関ケ原というのは、一般的には石田三成は西軍の総大将というイメージがありますが、三成だけがやった戦いだというのは、江戸時代を経た徳川史観だと思うんです。むしろ僕は、豊臣家という大企業の創業社長が亡くなった後に、前田、上杉、徳川、宇喜多、毛利という重役たちが争ったのが関ケ原の本質だと思っています。江戸幕藩体制の中で毛利も上杉も生き残ったわけですから、彼らが徳川に対して戦いを挑んだというのは、歴史的にお互いに都合がよろしくない。だから「あれは三成がやったことだ」とされたわけです。今回機会を与えられて、三成がどういう意地を見せるのかを描いてみたいと思いました。

 ――冲方さんは、土壇場で西軍から東軍に寝返った秀秋の心理に、「食い扶持」という視点で迫ります。

 冲方 秀秋は、木下家、豊臣家、毛利家、小早川家を転々とたらい回しにされて育ったので、徳川、豊臣、毛利を俯瞰(ふかん)できる若者だったんです。そのはざまで、自分たちが住む世界を作ってくれるのはどこだろうと考えていたと思うんです。でもうかつに自説を話すと危険視されて殺されるので、仲間も作れない。悪評があってもそのおかげで生き延びられるなら反論もしない。そういう青年だったんじゃないかと捉えてみたんです。最終的に秀秋は、秀吉の朝鮮出兵をきっかけに豊臣家が目指す体制に幻滅したのではないかと思います。徳川家の日本合衆国体制に未来があると、それを機に針を振ったんだと思います。

 ――関ケ原を書くのはお三方とも初めて。歴史小説の題材としての面白さは。

 伊東 一言でいうと、戦国時代の総決算。それぞれ持っているもの、守っているものが違う中で判断力が問われる戦いですよね。他の戦と違って、参加国衆も決まっていなくて、途中まで何の根回しをしなくても、小早川が山の上から降りてきたときに裏切っちゃう者までいて、面白い。

 冲方 ダイナミックですよね。攻城戦ではなくて、あっちが動いた、こっちが動いた、そしてなぜかこっちが動かない。

 葉室 人間ドラマとしてのおもしろさがありますよね。それぞれの判断に人生の岐路があって。戦場に来てない人にも物語がある。

 伊東 真田昌幸なんかそうですね。家康が勝つと思いつつも、自分の取り分が多い方にギャンブルを賭ける。もっと長期戦になると思っていたので、知略を使えば関東の大半を制すことが出来るという思惑があったんでしょうけど、残念ながら思惑が外れた。黒田(官兵衛)如水も同じですね、狙いとしては。

 冲方  途中まで戦わず、終盤で突然壊滅戦に打って出る島津なんか、何をしたかったのかいまだに分からないですね。

 伊東 全然分からないですね。

 葉室 九州人気質じゃないかと思いますね。頭を下げるのも嫌だし、弱いと思われるのはもっといや。あくまで強いと思ってもらって退場していく。

 伊東 西南戦争もそうですよね。

 葉室 猛々しさの中に価値を置く。ものすごく大きな戦略的には正しいかもしれないですね。猛々しくてそれだけの武力があれば、領土をとられずに温存されていくわけですから。武士の世の中だから強さをみせるのが一番なんだというのはあると思います。九州から出てきているから外向的にうまいことをやろうとしてもどうせできないというのはあったんじゃないですかね。

 冲方 関ケ原なんて外国ですよね、島津にとったら。

 伊東 言葉は通じなかったといいますよね。

 ――関ケ原がその後の歴史に与えた影響も甚大です。

 葉室 僕は「関ケ原で家康は勝ち切れていない」という見解です。豊臣大名同士の戦いになってしまって、最終的に西軍についた豊臣家の武将たちから領土を600万石くらい没収するわけですが、配分するときには4、500万石は東軍についた豊臣恩顧の大名家にいく。結果的に西国に親豊臣がひしめいちゃう。だから家康は江戸に幕府を開かざるを得なかった。室町幕府の記憶が新しい彼らにとって、将軍は京都にいるのが基本です。

 冲方 関ケ原で「徳川が勝った」ということになったのは、徳川史観でしょうね。

 葉室 江戸時代を経た私たちにとっては、江戸に幕府を置いても違和感がないですが、当時は違和感があったはず。関ケ原は、一般的には「天下分け目の」と言われていますが、もっと言うと、アジアの中に日本が参加していくかどうかという岐路だったかもしれない。織田・豊臣の時代は重商的で海外に出て行こうとした流れがあったのですが、家康は東アジア交易圏から遠く離れた江戸に幕府を開かざるを得なかった。結果的に、江戸幕府は「貿易立国よりも内政」という農本主義的体制になった。これは大きな歴史の転換点だったのではないかと思います。のちに明は、清に滅ぼされるときに江戸幕府に助けを求めて来ましたから、再び東アジアに出る機会はあったわけです。江戸幕府が西国に足場を築いていれば、東アジア交易圏の中での交易立国という日本の存在感はもっと出ていたかもしれません。

■読者が歴史小説に求めるもの

 ――歴史小説の世界では近年、キャラクター重視のポップなものが受けています。読者が歴史小説に求めるものが変わったという感覚はありますか。

 伊東 歴史小説の流れをざっと言うと、戦前から戦中、戦後にかけては吉川英治さんなどによる、時系列的な長い物語が受け入れられた時代がありました。当時は今と違って手軽に読める新書もなく、小説から歴史を知るしかなかったので、そういうものが好まれました。その後、高度経済成長期に入って、経営層が「せっかく歴史を学ぶなら直接的な教訓を得たい」という時代が到来した。雑誌『プレジデント』全盛期ですよね。堺屋太一さんたちがご活躍なさって、これは1990年代くらいまで続きました。今は「物語性の時代」とでも言うべき時代が来ていると思います。ファンタジーノベルやライトノベルの影響で、読者がその延長線上で歴史小説を読んでいるのを感じます。「歴史なんだから史実は変わらない」といっても、そういう読み方をしてくれない。面白いか、面白くないかしか見てくれない。その難しさは感じています。

 葉室 ゲーム史観、キャラクター史観になってしまって、つながった歴史を知らない。せいぜいキャラクターがおもしろいところに注目されがちですが、そうじゃないところも考えるべきだと思うんですけどね。

 冲方 入り口が広がったことはいいことだと思うんですけど、一方でなし崩しにもなってきている。少年漫画的なエンターテイメント性が求められているのは感じます。魅力的なキャラクターがワイワイでてきて、人気がない者からはけていくという……。各料理のおいしい部分をいいとこ取りした創作料理のような作品が受けているような気がします。それに対して、歴史・時代小説というのは本来、懐石料理。なぜ今この食べ物が出てくるのか考えないと味わえない。時空間を超えたエンタメ(=創作料理)というものと、時空間を理解しないとおもしろくないエンタメ(=懐石料理)。今は創作料理が流行ですが、そのうちメリハリのきいた懐石料理の良さも分かってもらえるんじゃないかと思います。

 葉室 僕は小説を通じて「歴史そのもの」というより日本とは何か、日本人とは何かというあたりを考えて伝えたいという気はしています。今はそれがよく分からない時代です。戦争に負けてから、それこそ物語が失われている。歴史・時代小説には書き手が意識しているかしていないかに関わらず、必ず「現代」が映り込みます。自分たちがどこに立っていてどこに行こうとしているのかを知る契機として、歴史小説のかたちで提示していきたいですね。

 冲方 僕は子どもの頃海外に住んでいたときに、日本人って何と聞かれたときにうまく答えられなかったことが歴史に興味をもったきっかけです。諸外国から見ると、地図を開いて、なぜこんなちっぽけな東の端の列島が生き延びることができたのか分からないんです。隣に中国、ロシアがいて、アメリカ大陸があって、大航海時代にヨーロッパの列強がばんばんやってきて、なぜ独立を保てたのか。どう生き延びてきたのか。そういう自分たちのルーツを僕自身が知りたいし、伝えたい。

 伊東 僕が今の若い人に言いたいのは、「史実というゴールポストは移動できない」ということです。ゴールの位置は変えられないですが、そこにいたるまでのビルドアップの仕方は司令塔の自由なんです。それを楽しんで欲しい。信長は本能寺で死ぬんです。しかし、そこに至るまでの過程を作家がどう解説し、作り上げたか、そこを見て欲しいですね。
(構成・板垣麻衣子)

     ◇

 《関ケ原の戦い》 慶長5(1600)年9月15日、豊臣秀吉の死後の覇権をかけて、徳川家康率いる東軍と石田三成の西軍が美濃関ケ原(岐阜県関ケ原町)でぶつかった合戦。当初は西軍有利に進んだが、西軍・小早川秀秋が寝返り、東軍が勝利した。

決戦!関ヶ原

著者:葉室 麟、冲方 丁、伊東 潤、上田 秀人、天野 純希、矢野 隆、吉川 永青
出版社:講談社

表紙画像

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