私は書く、世界変えるため 戦争と文学、来日2作家に聞く

2015年03月24日

イスラエルの作家エトガル・ケレットさん

作家のロジャー・パルバースさん

 戦争状態が続くイスラエルが身近に思えてくる短編集と、70年前の戦時下の日本の島をユートピアとして描いた小説が刊行された。イスラエルとオーストラリアから来日したそれぞれの作家に、思いを聞いた。

 ■平和願うより歩み寄る責任 短編集「突然ノックの音が」 イスラエルのエトガル・ケレットさん

 イスラエルの作家エトガル・ケレットさんの短編集『突然ノックの音が』(母袋夏生〈もたいなつう〉訳、新潮社)が刊行された。予想外の展開やどんでん返しありで、息もつかせぬ38編。約40カ国で訳されている。日本では初の単行本だ。

 武器を持った男たちに、「話をしてくれ」と迫られて困る主人公がユーモラスでもある表題作。差別され苦悩する神を描いた「色を選べ」。作品には批評的な視点で死や暴力、不条理、様々な出自の人が居住するイスラエルの複雑な状況が盛り込まれている。同時に笑いもあり、人間は滑稽で愛すべき存在だと感じさせてくれる。

 1967年テルアビブ生まれ。ホロコーストを生き延びた両親から話を聞いて育った。「父は、レジスタンスで手を組んだイタリアマフィアの酔っぱらいや売春婦の話ばかり。彼らには人間味があった。物語とは人間探索の旅だと思った」

 「終わりのさき」の主人公は、死刑判決を受けた殺し屋。幼児も過食症の学生も汚い政治家も、「命は命だ」と同列に考える。冷酷で心が無い男だが、その死生観に共感を覚えてしまう。

 「金魚」は、望みをかなえてくれる魚が登場する。ロシアの作家プーシキンの童話をモチーフにした。「私には創作こそが、金魚なんです。実際に望みがかなって何かを得ることより、長く続けることや過程が大事だと思う」

 兵役中、19歳で小説を書き始めた。軍隊生活からの逃避だった。最近は戦争や平和についてのエッセーも発表。極右勢力から脅迫を受けたこともある。「イスラエルにはずっと戦争がある。今9歳の息子が9年後には徴兵されるのが現実」

 中東問題は国家ではなく宗教の対立で複雑化し、過激派組織が勃興している。「何か意味を求めている人、自分の場所を見つけられない人にとって、ナショナリズムや人種差別がひとつの答えになってしまっている」

 「平和」という言葉が解決の妨げになっているのではとも指摘する。「ユダヤ人の多くは『平和』は神から与えられるものだと思っている。だから私は平和を願うのではなく、個々の責任として、対立する人同士の『歩み寄り』が大切だと提案した。壁にスプーンで穴を掘るようなものだが、世界を変えたいという気持ちを、読み手が共有してくれればいい。そのためにも発信を続けます」

 ■脱走兵は英雄かもしれない 小説「星砂物語」 豪州のロジャー・パルバースさん

 オーストラリアの作家ロジャー・パルバースさんが日本語で書いた小説『星砂物語』(講談社)を出した。太平洋戦争中、沖縄の小島で、16歳の少女と日米の脱走兵がユートピアを作る物語だ。「人を殺さない。戦争を起こさない。そのために書いた」という。

 1945年春、日本人の父と日系米国人の母を持つ洋海(ひろみ)は、親戚を頼って八重山諸島の鳩間(はとま)島にたどり着いた。岩淵とボブは共に脱走兵。洋海は、島の洞窟に隠れて住む二人の世話をすることに。

 〈それはなんて妙な風景だったろう。二人はお互いに敵であるはずなのに、相手にさし出すのはげんこつじゃなくて手のひらだ〉

 だが、友情に満ちた洞窟に岩淵の兄が現れ、思いもかけない結末が訪れる。

 宮沢賢治の研究でも知られるパルバースさんは、44年米国生まれ。ベトナム戦争時に徴兵を忌避し、ポーランドやフランス留学を経て、67年に来日した。オーストラリア国籍取得後も、日本で大学教授などを続けた。

 もともと「脱走兵」に興味があった。「ひきょうや臆病というネガティブなニュアンスがある。でも、暴力を拒否するのは英雄かもしれない。信念を貫くことは人間の権利でもあります」

 77年、鳩間島に1カ月滞在し、日本本土とは違う風土が強く印象に残った。大島渚監督の映画「戦場のメリークリスマス」(83年公開)の助監督として訪れた南太平洋のラロトンガ島は、爆撃など戦争とは無縁の島だと知った。そして、03年にイラク戦争が勃発した時、「私の中で戦争に関するテーマが融合し、物語の形をとって出てきた」と語る。

 今の日本の状況を危惧する。「個人としての思いが、有権者としての行動に反映されていますか? 誰かがやってくれたら、と言っていてはダメ。自分でやらなければならないのです」

 座右の銘は、ハンセン病の歌人・明石海人(かいじん)の「深海に生きる魚族のように、自らが燃えなければ何処(どこ)にも光はない」。大島監督の座右の銘でもあった。

 「自分のことしか頭になく、前途を悲観するシニカルな年寄りにはなりたくない。情報は大切、事実を知らないといけない。それを知識にして、次の世代のためになるような、今後を予言する武器のように生かすべきではないでしょうか」

 (編集委員・吉村千彰)

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