「『しない』子育て」とは? ニッポン放送・吉田アナが子育て本

2017年07月19日

吉田尚記さん

  ニッポン放送アナウンサーの吉田尚記さんが、早稲田大教授の向後千春さんとの共著で『アドラー式「しない」子育て』(白泉社)を刊行した。子育てに悩むお母さんを招き、耳を傾けた「kodomoe」誌の連載をまとめたものだ。ほめない、比べない、手助けしない、干渉しない……。「子育てに深刻さは1ミリもいらない」と訴える。サブカルチャー関連の幅広い仕事で知られる吉田さんがなぜ子育て本なのか、話を聞いた。

■18歳のときから読んでいたアドラー

 ――なぜ子育て本なのでしょう。
 kodomoeの編集長に、以前から一緒に仕事をしていた安藤(三四郎)さんが就いたときに子育てで何か、と話をいただいたんです。ちょうどそのころ、岸見一郎さんの『嫌われる勇気』がベストセラーになっていましたが、僕は以前からアドラーが好きでした。もともとアドラーはウイーンの児童相談所でキャリアをスタートさせた人で、教育心理学の人。最近のアドラーブームでは違う形で注目されていますが、もとは子どものための心理学。アドラー心理学と子育てという話はいいんじゃないかということになったんです。対談したこともある岸見先生に相談して、向後先生を紹介いただきました。

 ――吉田さんとアドラー心理学の出会いは?
 僕が18歳のころ、パソコンゲーム誌「ログイン」で、サイエンスライターの鹿野司さんが紹介していたのを読んだのがきっかけです。フロイトは深層心理云々といった解釈をするけれど、アドラー心理学は、子どもは何を考えているかという問いに、言葉をしゃべれない子どもは何を考えているかわからない、という。解釈論には踏み込まずにロジカルなんです。その後読んだ野田俊作先生の『アドラー心理学トーキングセミナー』もすごく面白かった。

■誌上で「オープンカウンセリング」

 ――本のもとになった連載では毎回1人のお母さんを招いて吉田さんと向後さんが悩みを聞いています。
 アドラー心理学にオープンカウンセリングという手法があります。カウンセリングって密室でやるイメージがありますが、オープンカウンセリングは悩みのある人を集めて、公開で聞くんです。岸見先生に聞いたら、例えば相談者が、子どもが3カ月学校に行ってなくて困っている、というと、観客からうちは2年行ってない、という声が上がって、笑いが起きたりする。深刻さを落とせるからいい、っていうんですね。聞いてるだけで治ってしまう人がいる。これはラジオだなと思った。それを雑誌でやるのはどうだろう、と向後先生にも話してすぐ始まった。毎回2時間はやりましたね。僕が意識したのは答えにくい質問はしないこと。あなたにとって子育てとは、子育てで大事にしていることは、という答えられない質問はしない。昨日の晩ご飯は、だんなさんってどんなお仕事とか、きょうだいは何歳差か、など答えられる質問しかしていない。

■子どもと親の課題は違う

 ――「子どもの課題と親の課題は違う」など「課題の分離」というメッセージが印象的です。
 アドラー式子育ては自立と調和がキーワード。自立できることと、周りとうまくやっていくこと、この2点しか考えません。逆に言うと、子どもを東大に入らせるといったことは考えない。東大に入らせたいのは親の願望であって、子どもの願望とは限らない。子どもを育てるのに変に自己実現や充実感を求めるのは間違っている。自己実現と子育ては別問題。

 ――吉田さんご自身の子育てはどうでしょう。
 11歳、小6の娘が一人いますが、うちは子どもに赤ちゃん言葉で話しかけたことが生まれたときからたぶん一度もないんです。うちの嫁さんもナチュラルボーン・アドラーみたいな人で、アドラー心理学のことを1ミリも知らないのにその通りに行動している。何かあったときに困るのはこの子だし、というのが口ぐせ。ママ・パパと呼ばせたこともない。娘がこうなった方がいいとは思うことはあるけれど、やるのは提案や環境を作るところまで。マンガが好きになってくれたらいいなあ、と思って大量のマンガを置いたりはしていて、最近、マンガを好きになり始めたようなので、しめしめとは思ってます。振り返ると、うちの娘はやたらテンションの高い子に育ちました。親が深刻にならないからでしょうか、娘が深刻になったのを見たことがないんです。アドラー心理学で育った子どもは、めちゃくちゃ明るくて、同時に生意気になると言われるそうです。でもそれがいけないのか。

 ――空気を読まなくなる?
 空気を読んで、それで? という話。前の本(『なぜ、この人と話をすると楽になるのか』)で書きましたが、空気を読めない、というのは結局テンションが高すぎるかか低すぎるかのどちらかに過ぎない。テンションを合わせよう、ということならなんとでもなります。

 ――コミュニケーションを論じた『なぜ、この人と話をすると楽になるのか』にもアドラーの考え方が背景があったのでしょうか。
 今回のように先生方の話を聞いて書いたわけではありませんが、コミュニケーションは何のためにあるのかを考えたのはアドラー心理学的だった感じがします。アドラー心理学の本を読んでいて好きだったのは、感情は何のためにあるのか考えるところ。人間には目的があって、目的を達成するために無理やり感情を使う。例えば、こうしたい、という目的があって言うことを聞かせるために怒りという感情を使う、と考えるんです。

 ――『「しない」子育て』の「ほめない」「比べない」「怒らない」はわかりますが、「干渉しない」「放任しない」の両立が難しそうに思います。
 放任はしないけれど、見守ってはいるんです。何が起きているか関知はしている。会社の営業みたいな感じでしょうか。取引先の事情に詳しくなければならないが、取引先に命令したって動かない。取引先の事情には干渉ができない。子どもは取引先です。嫁さんも最重要の取引先。

 ――帯には「子育てに『深刻さ』は1ミリもいらない」とあります。
 人は子どもを育てるもので、だったらなるべく楽にやった方がいい、というのがアドラー式子育ての根本。物事って深刻になって解決することはないですから。深刻って、フィクションに出てくるときだけ価値がある。(文・写真・鈴木京一)

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