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「小さな旗」 芥川賞作家、田中慎弥さんエッセー

[掲載]2012年01月20日

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田中慎弥さん

表紙画像 著者:田中慎弥  出版社:集英社 価格:¥ 1,050

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 第146回芥川賞を受賞し、記者会見のぶっきらぼうな質疑応答で話題となった田中慎弥さんは、2009年4月から2011年4月まで朝日新聞山口版で「となりのソファ」というエッセーを連載していました。その最終回を、期間限定で公開します。

★芥川賞の記者会見はこちらから

               ◇

小さな旗 田中慎弥  2011年4月11日掲載

 今日が最後なので何かそれらしいことを書こうと思っていたところへ、東北・関東を襲う地震。作家なのだから、世の中の重大な出来事には背を向けて、こんな非常時になんと不謹慎な、と眉をひそめられるようなことを書かなくてはならない筈(はず)だが、テレビに映し出される、もの言わぬ地震と津波の圧倒的な威力を見ていると、自分が何かを言ったり書いたりしたところでなんの意味もないのではないか、と感じてしまう。
 ここで言う、なんの意味もない、というのは、自分が災害に対して何も出来ない、ということだけではない。私は普段、生きるため、自分のためだけに小説を書いている。収入を得るため、自分自身を解放するため、と言ってもいい。その、自分のための、自分なりに力をこめて書いた小説は、災害ほどには人に影響を与えない、と思ってしまうのだ。そんなことは当たり前だが、例えば被災者が読んで、ほんのわずかな時間だけでも苦しみを忘れるような小説が、書けないものか。災害とは全く無縁の爽やかで美しい作品でもいいし、逆に徹底的に悲惨な人間の姿でもいいし、でなければホラーで怖がらせるか、避難所で読むのがはばかられるドロドロの不倫劇で引きずり回すか。
 しかし私はいまのところ、被災した人だろうがそうでない人だろうが、多くの読者を獲得出来るような小説を書けていない。厳しい現実を直接反映させた問題提起型の小説は、現実そのものの前では圧(お)し潰(つぶ)されてしまう。現実を凌駕(りょうが)するか、現実から百歩も千歩もあとずさり、どんどん遠ざかり、逃げ続けるか。どちらにしろコースを一周すれば同じ地点に出る筈だ。そこにしか、小説という小さな旗は立てられない。勿論(もちろん)そのコースは、自分で切り開くしかない。
 とりとめのない連載だったのでとりとめのないまま終わることにする。担当記者に感謝。

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