「中二病」をこじらせて……キンドルで話題の『架空の歴史ノート』著者に会ってみた

2013年05月31日

著者の設楽陸さん

「人類皇帝」

作中世界の階層構造

「不沈都市トノス」

「グリーンベレー族」

「湾中海大海戦」

『架空の歴史ノート』

未刊行のノート

専用ボックス

 4月ごろから、SNSやまとめサイトで大きな話題を集めている本がある(Twitter検索結果[※検索結果なので無関係の投稿も含まれている]、Naverまとめ)。アマゾンの電子書籍サイト「キンドルストア」で販売されている電子書籍だ。その名も『架空の歴史ノート1 帝国史 分裂大戦編』(キンドルストアへのリンク)。

『架空の歴史ノート』

 この本が、5月中旬には、キンドルストアの「歴史・地理」カテゴリーで1位となり、本稿執筆時点では、総合売り上げランキングでも、5位になっている。

 タイトルどおり、市販のよく見かける大学ノートに、なぐり書きのような筆致で、架空の「帝国」が、戦争や革命を経て崩壊する歴史が綴られている(右写真)。中には整った絵もあるが、大部分は、小中学生が授業中の教室などで描きそうなタッチだ。一方、社会制度や法律、歴史などの世界設定は凝りに凝っていて、さながら壮大なゲームの設定資料を読まされているようだ。

 絵や文章だけではない。スキャンされたと思しきノートの存在感(電子書籍なのに存在感、というのも不思議な感じだが)も興味深い。飲み物をこぼしたような跡があったり、紙をテープでつぎはぎしたり、裏写りがあったり、作成途中で気が変わったのか、大きな×で「ボツ」にしたページが挟まっている。裏表紙には、値札が買ったまま貼られている。



 ネット用語で、「中二病」という言葉がある。思春期特有の妄想癖のことだ。空想の世界の主人公になって、さまざまな冒険に活躍する自分を想像することは、誰しも身に覚えのある経験だろうが、いつまでもこの種の想像から抜けられない状態を「中二病をこじらせる」などと評される。元々はサブカルチャー用語だったが、ここ数年「中二病」を肯定的にとらえるアニメ・マンガ作品が増えた。 『架空の歴史』は、まさに中二病の中学生が自分の夢を書き付けたノートを、何も手を加えずに本屋に出したかのような内容なのだ。「中二病妄想を本にするなんて斬新」「こんなものが本になるのか」「これぞまさに電子書籍ならでは」などと面白がる感想が、SNSでは多数投稿されている。
 なぜわざわざ「妄想ノート」を電子書籍にしたのだろうか? このノートは、ほんとうに子供時代に描いたノートなのだろうか? それとも何らかの芸術的意図があって、作られたものなのだろうか? 中学生の落書きっぽいタッチは、ひょっとしたら、何らかの演出なのだろうか? だとしたらどこまでが計算されたもので、どこからが「素」なのだろうか? 名古屋市に住むという著者に、話をうかがった。



■自分を取り戻すための「ノート」
 著者の設楽陸さんは、現在28歳。2008年に美大を卒業した後、アルバイトをしながら現代美術の制作を続けている。前出のように、他の作品は、迫力のある現代絵画が中心だ。なのに、どうして「ノート」なのだろうか。

 「大学3年から4年にかけて、創作に本気で取り組むようになって、『自分は何がしたいのか、自分は何者なのか』を突き詰めて考えざるを得なくなったんです。その時、ふと思い出したんですね。そういえば、小学校のときは、延々と『ノート』を描いていたな、と」

未刊行を含むノートを前に

 「中二」ではなくて、小学生のノートだったとは。それでは、その時のノートをそのまま出版したということなのだろうか。

 「実は中学にあがるときに、その時のノートは、全部捨ててしまったんです。なんか恥ずかしい気がして。中学から大学にかけては、そういう歴史は全部忘れたふりをして、普通にサッカーをしたり、お笑い番組を見て面白がったり、周りの話題に合わせるようになりました。ほんとうは、『みんなと同じ』ことを考えたりやったりするのは、とても苦手だったんですが。

 ところが、少し大人になってみて振り返ると、小学校のとき、熱中して描いてたノートが、やっぱり『自分』なんですよね。僕は学校の勉強はほんとに苦手で……特に数学とか理科は悲惨だったんですが、歴史と図画工作だけは得意で、図書館で歴史の本を読みあさっては、ひらすら架空の大国、架空の歴史、架空の地図、戦争や法律について、ノートに書き込んでいました。

 将来のことを考えたりしたときに、あの『ノート』にもう一度帰ってみたくなって、改めて書きだしたんです。すると、際限なく書けるんです。もちろん、絵や彫刻なども大事な表現手段なのですが、僕にとって『ノート』は、もっと原点に近い表現手段だった」


未刊行のノート

 「ノート」の数は月日がたつにつれて増えていったが、他人に見せたり、発表したりするつもりは当初なかった。ところが、2012年、中京地域の現代美術の拠点にもなっている名古屋市美術館の展覧会への作品出展が決まったことがきっかけを作った。

 「ノートの噂を聞きつけた学芸員さんから、『ぜひ作品として出品してほしい』と言われたんです。最初はちょっと尻ごみしたんですね。もしかしたら笑いものになるだけじゃないか、と思って。でもどうしても一度、世に出してみたくて、展示することにしました。さらに出展用のコピーをとるついでに、スキャニングもしていただいたんです」

 展覧会の会場では、絵画や彫刻の作品のそばに、8冊のノートが置かれた。何の説明も添えなかったにもかかわらず、来場者の反応は、思いのほか良かったという。
 確かにページをめくっていると、甘酸っぱくも恥ずかしい、幼いころの思い出がよみがえる。見たいような見たくないような、そんな不思議な感興がわいてくる。正義と悪が複雑にからみあい、清濁あわせのむような世界観は、善悪の境目が未だ不鮮明な子供の価値観を、生のまま提示したような印象を与える。

 「ああ、なんだみんな同じような経験があるんだな、わかってくれるんだな、と感じました」

 来場者の反応に励まされた設楽さんの次のチャレンジが、電子書籍だった。

 「2010年ごろから『電子書籍元年』と言われ始めて、ひょっとしたら作品発表の手段として使えるんじゃないか、と思っていろんな本を読んで勉強していたんです。でも画像をスキャンする手間を考えると、なかなか踏み切れなかった。それが、展覧会のスキャンデータを使わせてもらえることになったので、これはぜひ、一度電子書籍として刊行してみようかと」


専用ボックス

 ところが、そこから実際に出版にこぎつけるまでには、かなりの苦労があった。見開きでスキャンされた画像をページごとに切り離して、なおかつ見開き状態でもそろって見えるように加工するのが第一の難関。電子書籍のフォーマットであるEPUBに変換すると、本の「開き」が逆になってしまったりもした。

 「ネットで見つかる情報やキンドルストアで売られている出版マニュアルは、ほとんどが文字主体の本のためのもので、僕のように画像主体の本を作る場合には、あまり役にたたなかった」

 そのため、現在販売中の本(この記事でリンクしているもの)は、電子出版を代行する会社に依頼したものだという。

 「ただ、4月にアマゾンがコミックなど画像主体の本を制作するためのツール『キンドル・コミック・クリエイター(KCC)』を発表しました。今後はこれを使って自分で制作したいと思っています」

 ところで、なぜこのノートには、切り貼りや修正の跡がそのままになっているのだろうか?

 「これは、むしろこういうものでなければいけないんです。絵を描く人間としては、マテリアル(素材)にこだわりたい。本といっても、これは作品なので、アートを作るような姿勢で書きました。レオナルド・ダ・ヴィンチの残したノートのように、時々飲み物をこぼした跡があったり、消しゴムのカスをわざと入れたり」

 確かにこうしたディテールが、一種独特の雰囲気につながっていることは間違いない。「本当に中学生が自分のノートを出品したのかも」と思わせるし、完成品があたりまえの「出版」という世界では、「未完成」さが目立って、いいマーケティングになっている。SNS等で話題になったのも、この「未完成さ」ゆえだ。

 続編が気になるところだが、現在「ノート」は13巻あり、順次KDPで出版していきたいという。その一部は設定資料ではなく、ストーリーマンガになっている。

 「『ノート』は世界全体を俯瞰する『神』の視点。それに対してマンガはキャラクターの視点で描けるので、それぞれ別の面白さがある、と思ってます」

 自分探しから始まったプロジェクトには、まだまだ面白い展開が待ち受けているようだ。


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