小野正嗣さん 「蹴られながら、自分の場所に向かっていく」 芥川賞受賞会見

2015年01月16日

小野正嗣さん

直木賞の西加奈子さん(左)と小野正嗣さん

小野正嗣さん

 第152回芥川賞・直木賞(日本文学振興会主催)の選考会が15日、東京・築地の料亭「新喜楽」で開かれ、芥川賞に小野正嗣さん(44)の「九年前の祈り」(群像9月号)が選ばれた。フランス語圏文学の研究や批評でも知られる小野さんは、今回が候補4回目。故郷・大分の海辺の町を舞台にした受賞作は、困難を抱えた母子を包み込む「土地の力」が評価された。「小説を書いたのは僕だけれど、土地が書かせてくれた」。作品の完成後に亡くなった兄や故郷の人々への感謝の思いを率直に語った。
 
直木賞受賞の一問一答はこちらから【西加奈子さん】
 
――まず一言、ご感想を
 選んでいただいたことを大変光栄に思います。
 
――「ニコニコ動画」です。ご覧になったことはございますか?
 まじめに答えていいですか?一度も見たことありません。
 
――生放送の中継を見ている視聴者の質問を代読します。「小野さんはこれまでかなり前衛的な作品を書かれてきましたが、今回大きな変化があったように思います。何かきっかけがあったのでしょうか?」
 僕自身は自分が前衛的だとはあまり考えたことはありません。当たり前のことですが、作品の内容が要請してくる文体というのがあると思うんですね。で、今回の作品に関しては、書いている内容があのような……「わかりやすい」という理解でよろしいでしょうか……そのように読まれたのだとすると、おそらく作品がより平易な文体を要請していたのだと思います。
 
――選考会で「土地の力」という言葉が出ましたが、改めて今回の小説の舞台になった土地への思いを
 僕は大分県南部の蒲江町(現佐伯市)というところで生まれ育ちました。小さい時からいろんな面白い人たちと出会って、面白いエピソードや事件に遭遇したわけですね。そういうものが自分のなかにずっと沈殿してきた。作品は無から書くことはできません。あらゆる作品は土地、場所がなければ書けない。自分で小説を書く時、どの場所に関心が向かうのかというと、僕の場合はやっぱり故郷になる。故郷が文学のよりどころがだと確実に言えると思います。その土地から受け取ったものをどういう風に文学の言語にするかは自分にとっても関心事なので、「土地の力」という言葉を頂けたことは率直にうれしいです。
 
――亡くなったお兄さんがモデルの作品での芥川賞。いま何を伝えたいですか
 昨年秋に兄を亡くしました。長く闘病していて、この作品を書いていたときはまだ生きていましたが、重篤な病でした。正確に言うと兄を描いたというより、兄の近づいている死というものを常に意識して作品を書いていました。それが主題ではないのですが、兄の死を考え、その影響下で書いたのは間違いありません。それが作品の中に直接的な形であれ間接的な形であれ、なにがしかの影響を与えたのも間違いありません。この作品を含む複数の短編が一冊の本になっていますが、僕の中では兄に捧げるという気持ちでずっと書いたものです。「おにい」って呼んでたんですけど、おにいが喜んでくれたらとてもうれしい。もういないんですけど、喜んでもらえたらという気持ちですね。
 
――舞台にした集落の人にどんな受賞報告をしたいですか?
 田舎でめちゃくちゃ面白い人たちに出会ってきました。あの時こんなこと言われたといったことが自分の小説の細部に生きていると思います。あまり中身を言っちゃいけないんだけど、子供が桟橋から落ちそうになってお母さんが助ける場面。田舎の蒲江に、兄と僕をすごい小さい頃からかわいがってくれたおいやんがおるんですね。その人が正月に僕と僕の子供を舟に乗せてくれたんです。湾のあちこちをクルーズした。漁船ですけど(笑)。で、戻ってきて桟橋を渡って陸に上がろうとしたら、板を渡しただけの桟橋で釘をうってないから、僕、海に落ちたんです。正月早々幸先がいいのか悪いのかよくわからんという感じで、新年初笑いだったんですけど(苦笑)。濡れ鼠で家に帰ると、母の友達でやっぱり兄に親切にして下さった近所のお姉さんやおばさんたちがみんなで手を叩いて大笑いする。そんなことがありました。そういう小さなエピソードがたくさん積み重なっている。だから本当に田舎の人たちに喜んでもらえたらうれしいです。
 
――浦を出て小野さんという舟はどこへ向かおうとしているのですか?
 すぐ沈没しますよね(場内笑い)。まあ、拿捕されないようにしたいと思います、ハイ。
 
――大分合同新聞です。おめでとうございます。先ほどの質問と重なるところがありますが、今までずっと書いてきた蒲江や県南が舞台の作品で受賞した感想を。大分はお祭り騒ぎで非常に大変なことになっているんですが(場内笑い)、地元のみなさんにメッセージを。
 まじめな答えを言いますと、小説とは土地に根ざしたものですよね。土地があり、そこに生きている人を描くのが小説の基本形だと思います。あらゆる場所が物語の力を秘めている。それをすくい取って書くことが、普遍的な力を持つ。世界の優れた文学の多くは、土地と人間を描いている。蒲江という土地も、非常に面白い場所です。そういう個別の世界を描きながら、掘り下げていくとある種普遍的なものにつながる。自分が実現できるとはまったく思いませんが、僕が大好きな文学はそういうものですので、個別の世界を描きながらも普遍的なもの、人間的な何かを描くことは可能であるし、自分もできればそういう作品を書きたいという風に常々思っています。
 ……で、蒲江の衆に何か言うたらいいんですか?
 
――ええ、バシッとお願いします。
 いやぁ…もうなんつうか…「ありがとうございます」というコメントしかないですね。ほんとほんと。田舎に帰るたびにいろんな人に親切にしてもらってね。それは僕だけじゃなくて、両親も亡くなった兄も、地域の人、集落の人に声かけてもらって本当に親切にしていただいた。だから「土地の力」に戻りますが、確かに小説を書いたのは僕かもしれないけど、おそらく土地が小説を書いたんだ、そこへ兄が力を発揮して僕を後押ししてくれたんだろうと思っています。蒲江の人たちには本当に感謝しています。ありがとうございます。
 
――今回の小説でも障害のある登場人物を描いていますが、その背景は?
 背景は自分自身でもわかりません。前の作品も困難を抱えた兄弟が出てきました。困難を抱えた小さな命、なぜ興味がそういうところに向かうのか、僕自身もわかりません。わからないから小説を書くところもあります。書けば書くほど見つからない、だから次の小説を書くのでは。
 
――弱者という存在に関心が向かうのは…
 「弱者」という言葉は使いたくないです。僕が言うのはおこがましい。社会のなかの不可視=invisibleなもの見ようとする、自然にそちらへ目が向かうのが文学や芸術ではないかと思うんですね。脇にやられた存在に注意、attentionを傾けることが文学なのではないかと。答えになっていますか。
 
――4回目の候補での受賞ですが、「芥川賞への祈り」みたいなものはあったんでしょうか?
 その解釈、めちゃくちゃ面白いですね。全く考えていません(笑)。
 
――批評でも活躍されていますが、批評家として見た小野さんという作家はどういう作家だと分析されますか?
 研究と批評活動も確かにやっています。たいした研究者でも批評家でもありませんけど、おそらく作品を書くことと読むことは連動しているんじゃないですか。素晴らしい作品を読むと、自分でも書きたくなる。人間には模倣の欲望があるから、いいものを見ると絶対にまねしたくなる。けれども、素晴らしい作品というのは近づくと「ここはすでにもうおまえの場所じゃない。そうじゃないものを創らなければいけない」と蹴っ飛ばす。本を批評的に読むというのはそういう風にケツを蹴っ飛ばされる経験だったわけです。いろんなものに蹴られながら、自分の場所に向かっていく。読むことは書くことに必ずつながっている。
 読み手として自分をどう見るかですが、自分のことはわかんない(笑)。みなさんもそうでしょ?さんざん人を取材してきたけれど、自分が取材される立場だったら……ね?(場内笑い)自分のことはわからないものなんですよ。
 
――小説の中の母子はこれからどう生きていくと思いますか?
 とても興味深いですね。書かれた作品世界は完結していますが、書いたものの外側の存在はそのままあるわけですから、どうなっていくかは興味がある。作品を書くというのは、自分が見えている、聞こえているものを言葉にする作業なのですが、その時点で見えたのがあそこまでだったということだと思うんですね。後でいろんなものを読み、様々なご意見やお話をうかがううちに、違った角度から見えるものがあるかもしれない。作品は書いた人間ではなく、読んだ人たちのもの。読んだ人たちの方が僕よりはるかによく見えていることもある。いま言えるのはそれくらいでしょうか。

――「土地の力」といいますが、作品を読むとポケモンやシャッター商店街が出てきたり、土地が本来持っている神秘的なものが失われていたり、突き放して描いているようにも見える。それでも主人公のさなえが救われるように読めるのは、「土地」ではなく題名通り「祈り」ゆえでは?
 自分の郷里を舞台に小説を書くとき、僕自身にとってもリアリティがないと書けません。大都市に比べて地方は生きやすいところはあるけれど、同時に失業や経済的な問題などの困難にも直面している。僕も田舎に帰るたびに、道路ですれ違うのは年寄りばかりで全然子供がいないのを見ています。もちろん、土地の力というか、そこに根ざしたものを書きたいのだけれど、ご指摘の通りそういうものは失われつつありますよね。失われるものが無いかのように地方のコミュニティーを美しく描くことに、僕自身まったくリアリティーを感じない。小説ではあるけれど、地方の現実への応答がないと書けないと思います。
 
――「祈り」とはどういう行為だと考えて小説を書いたのですか?
 哲学者のシモーヌ・ヴェイユが「注意を傾けることが祈りだ」という意味の文章を書いています。そこにある存在に心を傾けることと祈ることは実は密接につながっている。祈りは届かないかもしれない。言葉を発するけれど聞こえないかもしれない。けれども、発するというのは、かけがえのないものがそこにあるんだということを前提にした行為です。「そこにあるもの、そこにいるあなたは大切だ」という思いを注ぐことが祈りだと思うんですね。文学というのは具体的な誰かに向かって書かれるわけではありませんが、読んで下さる方の心に届けばいいと思って書く。それが祈りなのでは。
 
――最後にひとこと
 もう何もないです(苦笑)。 
 
――大分弁で喜びの言葉を
 大分弁……めんどくさいことを表現する言葉はあるんですけどね、「よだきい」とか。でも、ここで「よだきい」とか言うと怒られますよね。だから、あの、どうも本日は足元のおゆるいなか……コレ使ってみたかったんです(笑い)……お忙しい中ありがとうございました。真剣な質問をしていただき光栄でしたし嬉しかったです。本当にありがとうございました。

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