日本翻訳大賞 第1回の授賞式

2015年05月12日

翻訳家(左から)西崎憲、柴田元幸、金原瑞人、岸本佐知子、松永美穂の5氏が選考過程を語った=4月19日、東京都渋谷区

早川書房の早川浩社長

 売れないと言われて久しい翻訳小説。しかし近年、翻訳小説を盛り上げようという新たな動きが起きている。翻訳者、学会、出版社の模索は、翻訳の世界を広げられるか。

 ■読者巻き込み、賞を創設
 人気翻訳家が中心となって立ち上げたのが「日本翻訳大賞」だ。第1回の授賞式が4月、東京都内で開かれた。一般の読者から候補作の推薦を募り、資金はネット上で支援を求めるクラウドファンディング方式で集めた。朗読や生演奏を交えた授賞式には読者も集まり、翻訳について語りあう一夜となった。
 大賞は、阿部賢一・篠原琢訳『エウロペアナ:二〇世紀史概説』(パトリク・オウジェドニーク著、白水社)と、ヒョン・ジェフン・斎藤真理子訳『カステラ』(パク・ミンギュ著、クレイン)。読者賞に東江一紀訳『ストーナー』(ジョン・ウィリアムズ著、作品社)が選ばれた。
 選考委員は金原瑞人、岸本佐知子、柴田元幸、西崎憲、松永美穂の5氏。柴田さんは「出版社と組むのではなく、インディーズで始めたら、読者とつくる賞になった」と振り返った。『カステラ』の訳者、斎藤さんは「読者が見つけ出してくれたことが望外の喜び」と語った。
 きっかけは西崎さんが昨年2月、「翻訳賞はぜったい必要」とツイッターでつぶやいたこと。「翻訳家の環境は厳しい。売れないし、翻訳だけでは食べていけない」と西崎さん。「優れた翻訳には励みとなる賞があっていい」
 クラウドファンディングは1日で目標額の2倍を超え、4年分の選考ができる338万円が集まった。「日本の翻訳小説の売れ行き3割アップ」が西崎さんの願いだ。

 ■学問の場でも意識改革
 日本での翻訳は明治維新前後から、海外の思想や風俗を取り入れる役割を果たしてきた。二葉亭四迷がツルゲーネフを訳した言文一致体は近代小説の源になった。英仏独露など「列強」の作品を中心に発展し、今や珍しい言語も日本語で読める翻訳大国になった。
 学問の場では「日本文学」と「世界文学」で分け、さらに国で区別されてきたが、その意識を変える動きが始まった。昨年発足した「世界文学・語圏横断ネットワーク」だ。専門言語を超え研究者を結ぶ。「区別自体が時代遅れ。何語かに関わらず、文学は世界文学である」と主張する立命館大の西成彦教授(比較文学)、東大の沼野充義教授(ロシア・ポーランド文学)、東京外語大の和田忠彦教授(イタリア文学)が呼びかけた。
 今年3月に開かれた研究会では、世界文学と日本文学の全集を編んだ作家の池澤夏樹さんをゲストに、文学の境界の多様性を語り合った。池澤さんは、世界文学全集に入れた石牟礼道子『苦海浄土』を「世界性をもつ日本の文学」として挙げ、「近代化に取り残された民は誰が読んでも普遍的な問題、すなわちグローバル。一方、水俣は日本の一地方で、すなわちローカル。グローバルとローカルな視点がそろって世界文学になる」と語った。
 和田教授は言う。「研究者は面白い作品を発見するだけでなく、翻訳し日本で流通させる価値判断も問われる。今後は日本からの発信も考えられる」

 ■海外作家との出会い、広げたい 早川浩・早川書房社長
 英国を代表する作家カズオ・イシグロが6月に来日する。長編『忘れられた巨人』の刊行にあわせて、早川書房が招き、講演会などを予定している。
 翻訳小説が7割を占める同社は、海外作家と日本の読者の出会いの場を作ってきた。1988年のディック・フランシスを皮切りに、ダニエル・キイス、マイクル・クライトン、マイケル・サンデルなど著名作家が来日した。早川浩社長によると「出版契約を交わすだけでなく、作家を呼んで日本の読者と交流の機会を作れないか」という創業者の父清氏の提案で始まった。「読者の裾野を広げたい」という思いは継がれている。
 3~4万部でヒットという世界。「少部数でも長く読まれる作品を出していきたい。一冊でも多く“古典”にしたい、というのが私たちの哲学です」
 丸善や紀伊国屋書店で売れゆきの良い原書は、翻訳本でも同様の動きが出るという。早川社長は言う。「世界の良質な作品に触れたいという声は強い。出版人の努力が問われている」(宇佐美貴子、中村真理子)

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