あいまいになる、物語の中と外 江國香織の新刊

2017年02月22日

江國香織さん=東京都千代田区九段南、篠田英美撮影

 江國香織さんの新刊『なかなか暮れない夏の夕暮れ』(角川春樹事務所)は、ちょっと変わった構成の小説だ。登場人物が本を読む。読者も一緒にストーリーをたどる。登場人物が本を閉じる。読者も物語の本筋に戻る。そんなことを繰り返して、今度は読者が本を閉じたとき、ふと感じるものは――。

 作中で読書に没頭するのは、独身中年男の稔(みのる)。あるいはソフトクリーム屋で働く茜(あかね)。読むのはたとえば、北欧のミステリーだ。消えた女性ゾーヤを追って旅する中年男ラースが、列車の個室でのどを切られた死体を見つける。

 いつもの江國作品は、死体や血しぶきとは縁遠い。だが、自身はミステリーをよく読むという江國さんが、作中の本の著者になりかわって紡ぐストーリーは魅力十分。ゾーヤはなぜ姿を消したのか。列車の男はなぜ死んだのか。読者が謎に引き込まれ、これが作中作だということを忘れたころ、稔たちはふと本を閉じ、現実に立ち戻る。

 いやおうなしに読者も、稔たちの日常に引き戻される。ある者は妻に去られ、ある者は息子の告白に揺れ、そんな日々に一喜一憂しながら、稔たちはまた本を開く。物語はその繰り返しだ。

 「読んでいるうちに物語の中と外のどっちが現実かわからなくなる、そんなあいまいさを書いてみたかったんです」と江國さん。

 「稔が読む本のなかの現実があって、稔が暮らす現実もある。だったらこの小説を読む人の現実も、さらに誰かが読んでる物語かもしれない。そんなきりのなさみたいなものを感じてもらえたら」

 稔たち登場人物の多くは50代の男女だ。「50代って面白いと思うんです。子供が手を離れた人、離婚した人。恋人でも友達でも夫婦でもないかもしれない、名前のない関係がつくれる年代なんじゃないかな」

 男たち女たちの日常には、殺人も死体も登場しない。でも、ささやかで切実な事件と冒険がある。そしてもちろん、本がある。この小説の登場人物には、読書好きが多いのだ。

 「夢中で読む時間は幸福だってエッセーや書評にはよく書くんですけど、それを小説で体現してみたくて」。もしかして世間で忘れられつつあるかもしれない、読書という幸せ。それをこんな形で見せてくれるのだから、やっぱり小説は奥深い。

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