この世の苦み、子どもは知りたい 絵本作家・葉祥明さん

[掲載]2017年03月14日

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葉祥明さん

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「ぼくのベンチにしろいとり」より

■絵本作家・葉祥明さん
 ぼくの絵というと、緑の野原とどこまでも広がる青い空、メルヘンの世界を思い浮かべる人が多いと思います。終戦の翌年に熊本で生まれて育ち、雄大な阿蘇山がぼくの原風景です。
 美しい色彩、やさしいタッチ、シンプルなストーリーを心がけた作品づくりの原点は、デビュー作「ぼくのベンチにしろいとり」(至光社)です。
 犬のジェイクが、お気に入りの公園のベンチに現れた小鳥を受け入れ、一緒にひと時を過ごし、別れる。その余韻を描きました。発表から40年余りをへて昨年、改訂版が出たのは、現代にも通じる人生の本質の一つ、人と人の出会いと別れを表現しているからだと思います。
 牧歌的で美しい、平和な世界を描いてきました。我々が住む世界がどんなところか、知ろうとする子どもたちのために、この世界が信頼できる、生きるに値するところだよという、ぼくからのメッセージでした。
 ただ、世界には、戦争や災害、事件、貧困といった目を背けたくなる現実もたくさんあります。
 この世は甘く美しいだけでなく、苦みもあることは「ぼくのベンチにしろいとり」でも、「隠し味」のように入れていました。それを前面に出そうと考えが変わったのは、依頼を受けて絵を描いた「地雷ではなく花をください」(自由国民社)でした。50歳のときです。絵本1冊の収益で10平方メートルの土地から地雷を撤去するキャンペーンは、大きな反響がありました。
 この経験から、絵本の無限の可能性を感じたんです。それ以降、「苦いけど知っておくべき大切なこともあるよ」と環境や戦争、原発、児童労働などもテーマにし、同時に人間本来のやさしさや愛を読者に問いかけてきました。
 子どもには難しいのでは、と言われます。でも、成長過程にある子どもたちは、本当は知りたがっています。ぼくも知りたい。ジューサーにかけて搾ったこの世界のエキスの苦みや酸っぱさの意味がすぐにわからなくても、心の奥底に思想や哲学が染み込んでいることは、生きていく強さになります。
 ぼく自身は小学4年生のときに、世界とは、人とは、と考えるようになりました。きっかけは算数のテスト。「終わった人は校庭で遊んでいいよ」と先生は言いました。それほど得意でなかったぼくが、ようやく終えて遊びに行こうとすると、残り時間が少なく、みんなを呼んで来るように言われたのです。
 できる人はほめられ、楽しい思いもできる。できないとその逆。ぼくはどっちでもない。これが世界の厳しさだと知らされた。「これからの10年は学校の勉強はほどほどに、本を読んだり絵を描いたりするのが好きな自分を大切にしよう」とひそかに思いました。
 今の若者も、自分について、世界について考えてもらいたい。でも、中学から大学まで受験もある。学生になっても考えを深める時間がないですね。だから、自分と必ずしも一致しない、この社会が求める人間の型にはめられ、あるいは自ら入ってしまっている。もっと、おのれ自身を知ってほしい。それがよい人生を送る鍵だと思います。
 学生時代はベトナム反戦の歌や詩をつくり、シンガー・ソングライターに憧れました。それでは食えないと自らを見つめ直し、並行して美術学校にも通ったんです。ひょんなことから出合った創作絵本作家という職業は、当初は食べていく手段だったのです。
 就職活動を始めた学生にはひと言、生命あるものとして「生き延びなさい」と言いたい。就職するなり技術を手にするなりしなければ、食べていけない。それは最優先だけど、人生のすべてではないんです。
 長時間労働の過労死事件も起きています。単に働きやすさを求めるだけじゃなく、自分とは何か、人生で何をすべきかをしっかり考えてほしい。角度を変えて第三者の視点を持って自分自身を見れば、目の前のことに惑わされず、迷いや悩みが小さくなり、本当の気持ちがわかるはずです。
     ◇
 1946年生まれ。詩人、画家。「風とひょう」「地雷ではなく花をください」、犬のジェイクシリーズなど絵本や著作多数。夏に絵本「ピーター・パンとウェンディ」の刊行を予定。

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